エッダやサガのうち、重きをおいて扱われている神と言えばオーディンでありトールである。前者は王
侯や戦士、詩人の祈願対象、後者は農民の祈願対象とされている。
 だが、今一柱重要な神がいる。ヴァン神族でありながら「アースの貴公子」とうたわれるフレイである。
彼がアースの一員となったのは戦争での人質交換がきっかけとされている。現代の感覚では、人質が貴公
子とされることには違和感がある。当時の貴公子の条件、及びフレイがそれを満たしているかについて考
えてみたい。
 
 まず、武術に長けていることが要求された。エッダ「リーグの歌」に弓の扱いと槍投げ、剣の扱いにつ
いて述べる場面がある。その他サガなどでも、武勇を讃える場面については数多い。血族による復讐が義
務とされた北欧において、身分の上下にかかわらず武芸は男性のたしなみとして必須とされただろう。
 武術に関しては以下のような記載がある。「巫女の予言」において「ベリの輝く殺し手」、「スキールニ
ルの旅」において「神々の主将」、「ギュルヴィたぶらかし」において「素手でベリを殺すことだってで
きた」等である。
 武術に長けているとされたことは間違いない。
 だが、戦いの折祈願する神としてはまずチュールがあげられる。勇猛さにおいては、フェンリル捕縛の
際己の右手を差し出したことから彼が随一といえるだろう。
 
 王を示す言葉として「腕輪を分かつ者」というように、部下に対する気前の良さも、良い王侯たる条件
とされた。「フンディング殺しのヘルギの歌T」に「部下に良くむくい、黄金を与え、血にまみれた宝を
惜しまなかった」という一文が賞賛の言葉として記されている。
 先にあげた、フレイの求婚エピソード「スキールニルの旅」で、フレイは求婚の使者であるスキール
ニルにその馬と剣を与えている。この剣はひとりでに戦うという機能を持つ宝物であった。後に剣を失っ
たことで苦しむのだが、「気前の良さ」は満たしていると言える。
 
 王侯である為の絶対条件として血筋の良さが挙げられる。
 フレイはアース神族ではないが、彼の父ニョルズは「ヴァフズルーズニルの歌」において異教の神殿を
支配していたと言われている。その息子であるならば血筋は申し分ない。またスウェーデンにおいては
ユングリング王朝の祖とされ、「ハーコン善王のサガ」では「ユングヴィ(フレイ)の血を引く者」が諸
王とされている。
 だがアースの元敵対者であることには変わりない。
 
 その他、褒め称えられている箇所をあげれば「ロキの口論」で「アース神の国でも一番の英雄、娘も人
妻も泣かせず、誰でもいましめをといて助けてくれる」とあり、「ギュルヴィたぶらかし」では「アース
神のなかで最も有名」、デンマークの「ゲスタ・ダノールム」においても「神々の総代フレイ」と言われ
る。全体的に王侯の諸条件は満たしているが、オーディンやトール、あるいはロキに比べて、具体的なエ
ピソードが少なく、性格が読みとりにくい。エッダやサガといった文学資料以外のものにも目をむけてみ
ることとする。
 
 有名なものに、フレイではないかと言われているスウェーデン出土のブロンズ像がある。男根が特徴的
な像であるが、アーダム・フォン・ブレーメンの、「平和と快楽を贈る」という記述に合致するものであ
る。神話文献「ギュルヴィたぶらかし」の「雨と太陽の光を支配し、それによって大地の生長を支配する」
との記述にも一致する。
 北欧で神に通ずる獣であった馬がフレイに捧げられた例も「フレイ神官フラヴンケルのサガ」に見られ
る。ユングリング王朝の祖として描かれる場合も、彼の治世は豊かであったとされる。
 元来はその父ニョルズが海と富の神であったと同じく、武芸や王侯の側面よりも豊穣神としての側面の
が強かったということであろうか。
 
 ヴァン神族の起源については、先住民族の神であった、もしくは遊牧民族の神アースに対し、農耕民族
の神であったと様々な説がある。どの説が正しいと判断は出来ないが、少なくとも大地と関わりの強い、
生活に根付いた神族であったことは間違いないだろう。
 
 古く、語弊のある言い方ではあるが土臭い信仰形態をとられていた神が、王侯貴族や詩人に取り上げら
れるようになって、次第に彼らの間で理想とされる像を付与されていったと考えることが妥当ではないだ
ろうか。
 
 参考資料
 「エッダー古代北欧歌謡集」 谷口幸男訳 新潮社
 「サガ選集」 日本アイスランド学会編訳 東海大学出版会
 「デンマーク人の事績」 菅原邦城訳 東海大学出版会
 「北欧神話」 菅原邦城 東京書籍
 
                神話・民俗学へ