江津山 西方寺からの出版物

1) 本堂落慶記念『お経とご詠歌』

2) 『法華経山家本』読誦法の研究

3) 『二十五三昧式』と『六道講式』、 同別冊『二十五三昧式』

4)『法華経山家本』にその読誦法を探る(皇學館大学出版部より出版)


1) 本堂落慶記念『お経とご詠歌』

  お経には、明治初頭に津の西来寺より刊行され、天台真盛宗在家勤行式として採用されている『西方浄業式』を、ご詠歌には当地でよく用いられている西国三十三所御詠歌を選び、『お経とご詠歌』として檀信徒用に編纂した。これにお経の解説、当山西方寺の歴史、天台真盛宗、本山などについて附録として記した。 

    目次

  
  西方浄業式
  西国三十三所御詠歌
  附録
    お経の大要
    西方寺の歴史
    天台真盛宗とは
    宗祖真盛上人
    宗祖真盛上人年譜
    天台真盛宗総本山 西教寺

編纂、監修 長谷川明紀、 発行所 江津山西方寺(松阪市郷津町358-1,電話0598-51-2287)、発行日 平成16年3月。



2) 『法華経山家本』読誦法の研究


 真阿宗淵上人(右図西方寺蔵)は文政十年(1827)伊勢國安濃津(現在の津市)の名刹西来寺に入山され、第三十一世の法統を継がれた。その時上人は四十二歳であった。入山後、上人はこの伊勢の地で、古き正しい法華経の読みが失われつつある現状を見つめられ、伝教大師真蹟の法華経を模刻し、これに大原如来蔵にあった慈覚大師の点本と、葛川明王堂蔵の乾元法華経の読音を依用して、真阿宗淵版『法華経山家本』の開板を完成された。これは西来寺入山からわずか八年足らずの天保六年(1835)のことであった。
 なお、最近になって伝教大師真蹟と思われた法華経は、実は伝教大師の真筆ではなく、大師の真蹟の筋を引く春日神社で開板された春日本に属するもので、室町時代の開板であったと判明した。 いずれにせよ真阿上人は伝教大師の古本を基準にして、法華経の経文を総計七十六本にものぼる異本で校合を重ねて、『法華経山家本』の形を完成された。一方上人は法華経読誦の点においても、墨音、注音、声点、音義の付された古き法華経を多数校合され、当時のその混乱を正して、伝教大師がなされたであろう古き正しき読誦を再現され『法華経山家本』の音を完成された。

『法華経』は全国的には慈海版が用いられ、そこでは慈海読みがなされているが、真阿宗淵上人が持住された西来寺を中心寺院として約200ケ寺が所属する、天台真盛宗の伊勢教区では、この学術的にも評価の高い『法華経山家本』が読まれている。ところがその出版から170年以上の歳月を経た現在、天台真盛宗の伊勢教区でも、多くで読誦すると所々でそれが乱れることが判明した。その要因として、主として次の四つを挙げることができる。

 1. 二字一拍の読み
 西来寺読みの最も特色的なものは、一字一拍の原則から外れて二字一拍に読むことが少なくないことである。例えば、「夜叉」、「恒河沙」、「優婆塞」、「優婆夷」を、全国的に広く読まれている『法華経慈海版』では「ヤ−シャ」、「ゴウガーシャ」、「ウーバーソク」、「ウーバーイー」と一字一拍で読み、木魚は一字一打で打つ。これに対し、『法華経山家本』では「ヤシャ」、「ゴウガシャ」、「ウバソク」「ウバイ」と、夜叉、恒河沙優婆塞、優婆夷のアンダーラインを付した二字を一拍で読み、木魚は一打で打つ。これらは本来の読みが『法華経山家本』ではなされていると言えよう。
残念ながらこの二字一拍の読誦法に関しては、ただ口伝の伝承があるに過ぎない。それ故、誰からどのような伝承を受けたかに専ら依存するため、これを学問的に解明しようとするとその糸口すら見出せないのが現状である。

 2. 漢字に振られた左右のカナ
 『山家本』の中で、難しい文字や紛らわしい発音の文字にはカナが振られている。この振り仮名が、右側のみ、左側のみの他に、左右異なった音でなされているものがある。この左右のカナのどちらを優先して読誦するかという問題を、第1章で検討する。『山家本』では第1章で述べるとおり、45種の漢字がこの対象になり、60数ヶ所でこの左右の異なる読みの文字が現われ、カナふりの無い場合を含めると左右で異なる読みをする箇所はさらに増加する。右のカナを読む人、左のカナを読む人が入れ混じったのでは、多勢での読誦は乱れて聞き辛いものとなるのは必至である。


 3. 入声の読み
 例えば、入声の文字である「一」は「イチ」、「イツ」、「イッ」、と読まれ、「薩」は「サツ」、「サッ」、「サ」と読まれる。このように、入声の文字の発音は一通りでないことから、注意が必要である。それのみならず、入声に続く文字の発音が入声の影響を受けて本来の音から変化する場合もある。

4. 呉音、漢音
 法華経は呉音で読むことを原則とする。しかし、『法華経山家本』では漢音で読むものが所々に現われる。例えば「一」では、「一佛乗」で呉音の「イチ」と読むのに対して、「一乗法」、「一浄光」では漢音の「イツ」と読む。また、「説」では「説是」を「セツ」と漢音で読む場合と、「セチ」と呉音で読む場合がある。更には、「八」では、たとえば品数、巻数では、「勧發品第二十八」、「巻第八」、のみ漢音の「ハツ」と読み、他の品数「第八」、「第十八」では呉音の「ハチ」と読むという。このように『法華経山家本』では、呉音・漢音の区別が難しい問題の一つである。

 以上の四つの問題点のうち1.を除く三つに関して、真阿宗淵上人が著された『法華経山家本』、『法華経山家本裏書』、『呉漢両音法華経安楽行品』に立ち返って検討を行った。


 
奇しくも、今年は真阿宗淵上人の150回忌の年であり、本著が上人の目指された『法華経』の古き正しき読みに戻る一助にでもなれは幸甚である。

 
目次


 序章 『法華経山家本』読誦の問題点
   1.二字一拍の読み
   2.漢字に振られた左右のカナ    
   3.入声の読み<
   4.呉音、漢音<
   5.音韻論
 第1章 左右のカナの優劣
  1.2. 左右のカナの優劣判断
     1.2.1. 頻度の多い振り仮名による、判断 A
      1.2.2. 六声点、および清・濁点から、判断B
     1.2.3.『裏書』中の複数個の読みから、判断C
     1.2.4. 意味の違いによる、判断D
            (漢音・呉音・慣用音)
     1.2.5. 『裏書』に「諸古本音」とあることによる、判断E
           (『法華経山家本』の読誦音選定に用いられた諸古本)、(反切)
     1.2.6. 『法華経山家本裏書』から読み取れる、判断F
           (連声)、(平安時代の発音)
     1.2.7. その他の根拠から、判断G
   1.3. 左右読みの優先に関する結論
第2章 入声音の読み
  2.1. 入声音の発音
     2.1.1. 入声音文字の抽出 (漢文の構成)
     2.1.2. 入声音の分類
     2.1.3. 入声音-促音「ッ」
     2.1.4. 入声音 -「ツ」音
     2.1.5. 入声音 -「チ」音
     2.1.6. 入声音 -「ク」音
     2.1.7. 入声音 -「キ」音
     2.1.8. 入声音韻、入声とそれに連なる文字の発音、のまとめ
  2.2. その他の連聲
  2.3. 入声「薩」の音
      2.3.1. 「菩薩。」、「摩訶薩。」の「薩」の読み
      2.3.2. 「菩薩*。」、「摩訶薩*。」の「薩」の読み
     2.3.3. 「菩薩**。」、「摩訶薩*」の「薩」の読み
  2.4. フ入声
  2.5. 読誦におけるわずかな切れ目
  2.6. 呉音と漢音
     2.6.1.「説是」の読み
  2.7. 入声の読みのまとめ
 第3章(附章)日本語音韻論----主として窪薗晴夫著『日本語の音声』からの抜粋
  3.1. 自然科学と言語学
  3.2. 母音と子音  
  3.3. ハ行音の今昔
  3.4. 連濁  
  3.5. 連濁と語種
  3.6. ライマンの法則
  3.7. 連濁と意味構造
  3.8. 連濁と枝分かれ構造
  3.9. 音便
  3.10. 日本語の音節構造
文献
あとがき



本文101ページ、著者 長谷川明紀、 発行所 江津山西方寺(松阪市郷津町358-1、電話0598-51-2287)、発行日 平成20年5月18日


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3) 『二十五三昧式』と『六道講式』、 同別冊『二十五三昧式』

 大津市坂本の西教寺を総本山とする天台真盛では、恵心僧都(942〜1017)の撰とされる『二十五三昧式』が常用されている。
 この『二十五三昧式』は、津市(現在)木造の引接寺法道和尚が集められ、その弟子法龍和尚が嘉永二年(1849)に開版した『先徳法語集』の下巻に収録されているものである。これは『恵心僧都全集』や、『大日本佛教全集』にも掲載され、国内に数ある『二十五三昧式』のなかでも学術的に高く評価されているものである。

 平安時代の寛和元年(985)恵心僧都によって『往生要集』が著された。当時これが話題となり、比叡山の横川でこれを指針として、念仏往生を実践しようという25名のグループが結成され、衆生が流転輪廻する25種の生死の迷いの世界を断壊するための三昧である『二十五三昧式』が、月に一度勤められるようになった。

 この度の調査で、京都大原の淨蓮華院様をお訪ねし、同院所蔵の『魚山叢書 巻第十四』講式部に五編の『二十五三昧式』が収録されているのをお教え頂き、拝覧した。これは、先述の拙著、2)『『法華経山家本』読誦法の研究』で紹介した真阿宗淵上人が津の西来寺に入山された前後に書写されたものであり、この五編を基に法道和尚が校合・校正をされ、この『二十五三昧式』が誕生したであろうことが、判明した。
 なお、この常用の『二十五三昧式』の最後には、「右二十五三昧式惠心僧都撰」とあるが、その原典である五編の『二十五三昧式』にはどこにもこの記述は見当たらない。これに関して、速水侑氏はその著書『源信』で、「恵心僧都撰」と記されているのは後世の付会だろうが、内容に即して考えれば不自然ではないのである、と述べられている。この指摘の妥当性が、今回の調査で実証されたことになろう。

 この『二十五三昧式』の読みを、音韻学の基礎に立ち、京都大原などで勤めてこられた『六道講式』をも参考にして、検討した。

 『二十五三昧式』と『六道講式』を比較検討した結果、『二十五三昧式』には、構成上に問題点があり、それが最小限の手直しにより改善され、式文と呼ばれる本文の間に挿入される偈曰が変更され、『六道講式』に再編集されたと、推測することができた。
 『二十五三昧式』には、天台真盛宗で用いられている、当初の姿のものの他に、再編集された『六道講式』からの式文を用いるものも現れ、『二十五三昧式』と『六道講式』が、時には同一視されることもあったようである。
 しかし、『二十五三昧式』と『六道講式』を区別する最大の要因は、式文の間に挿入される部分にあると言えよう。『二十五三昧式』では、偈曰で、五念門と礼拝を唱え、浄土に詣でて阿弥陀佛を見奉ることを願い、諸衆生と共に、弥陀にすがり、命終のときに必ず極楽に往生できるように祈り、礼拝する。一方、『六道講式』では、六波羅蜜の功徳によって六道からの救済を願う、頌が用いられ、この頌をも省略されるものもある。

 『二十五三昧式』とその基になった恵心僧都著『往生要集』や『法華経』との関連も検討した。
 拙寺所蔵の『六道講式』を紹介し、多種ある『六道講式』の分類を試み、『六道講式』の成立に関しても、言及した。
 

目  次

第1章   『二十五三昧式』の読み方決定への方法論
1.1.    はじめに
 1.1.1.  『二十五三昧式』について
 1.1.2.  本著作を始めた背景
1.2.  『二十五三昧式』校合・検討資料
 1.2.1. 『先徳法語集』の中の『二十五三昧式』と『二十五三昧考異』
 1.2.2. 片岡義道師新・旧録音テープ
 1.2.3. 森尾即忍師『二十五三昧式』書き下し文
             『二十五三昧考異』
 1.2.4. 神谷亮秀氏『二十五三昧式』
 1.2.5. 天台宗現行本、魚山宝泉院深達本、兼平行海書本『二十五三昧式』
 1.2.6. 永合義順師発行の静洞師写本『二十五三昧式』
 1.2.7. 福蔵寺蔵、講式節譜付き『二十五三昧式』
 1.2.8. 淨蓮華院蔵『魚山叢書 巻第十四』所収の『二十五三昧式』
   
1)最初の『二十五三昧式』
      2)二番目の『二十五三昧式』
      3)三番目の『二十五三昧式』
      4)四番目の『二十五三昧式』
       5)五番目の『二十五三昧式』
 1.2.9. 『魚山叢書』からの『二十五三昧式』元本と『二十五三昧考異』の誕生
       1)『二十五三昧式』元本と『二十五三昧考異』の誕生
      2)『二十五三昧式』元本の問題点と評価
 1.2.10. 『恵心僧都全集 』及び『大日本佛教全集』の『二十五三昧式』
1.3. 『六道講式』校合・検討資料
 1.3.1. 『六道講式』西方寺本
 1.2.2. 岩田教順師書写『六道講式』
 1.2.3. 片岡義道師書写『六道講式』憲真本
 1.2.4. 福蔵寺蔵、覚吽書写『六道講式』
 1.3.5. 叡山文庫蔵、『六道講式』寛文十年刊行本
 1.3.6. 叡山文庫蔵、真如蔵本『六道講式』憲真本
 1.3.7. 叡山文庫蔵、延暦寺蔵本『六道講式』
 1.3.8. 叡山文庫蔵、普潤蔵本『六道講式』
 1.3.9. 叡山文庫蔵、理性院蔵本『六道講式』
 1.3.10. 叡山文庫蔵、般舟院蔵本『六道講式』
 1.3.11. 叡山文庫蔵、多紀蔵本『六道講式』三部
 1.3.12. 淨蓮華院蔵、多紀道忍師筆『六道講式』 
 1.3.13. 片岡義道師の講演中の、玄雲書『六道講式』
1.4. 『魚山叢書 巻第十四』に収録された『六道釈』
        1)慈鎮和尚慈円撰『六道釈』
       2)二番目の『六道釈』
       3)三番目の『六道釈』
1.5. その他の資料
 
1.5.1.
 有賀要延編著『仏教語読み方辞典』
 1.5.2. 『法華経』
 1.5.3.  源信著『往生要集』
 1.5.4. 『大正新脩大蔵経DB』
 1.5.5. 辞書類
1.6. 字音と音韻論の基礎
 1.6.1. 漢音、呉音、慣用音、訓、和訓
 1.6.2. 四声、入声、フ入声
 1.6.3. 本濁、新濁、連声
 1.6.4. 入声音韻表
 1.6.5. 母音と子音、無声音と有声音

2章 『二十五三昧式』の読み方
2.1. 別冊『二十五三昧式』の本文と脚注
 2.1.1. 上段の書き下し文

 2.1.2. 下段の脚注
2.2. 別冊『二十五三昧式』の脚注
 2.2.1. 礼仏頌、表白
 2.2.2.  楞厳院二十五三昧根本結衆二十五人連署発願文
     『二十五三昧式』元本の欠落
       1.  『恵心僧都全集』と『大日本佛教全集』
       2. 『観無量寿経』、『往生要集』、及び『阿弥陀経』
 2.2.3.  勧請、六道釈表白
 2.2.4. 地獄道
 2.2.5. 餓鬼道
 2.2.6. 畜生道
 2.2.7. 修羅道
 2.2.8. 人道
 2.2.9. 天道
2.3. 『二十五三昧式』の法要の勤め方

3章 『二十五三昧式』と『六道講式』
3.1. 『二十五三昧式』と『六道講式』
 3.1.1. 『二十五三昧式』の表白と『六道講式』
 3.1.2. 『二十五三昧式』中の「根本結衆二十五人連署発願文」の問題点
 3.1.3. 『二十五三昧式』の偈曰と『六道講式』の頌
 3.1.4. 六道表白文
 3.1.5. 本文と脇の文字の置き換え
 3.1.6. 表現の変更
 3.1.7. 『二十五三昧式』から取り除かれたもの
 3.1.8. 『六道講式』式文に新たに加わったもの
 3.1.9. 式文の構成と、式文の総結への移動
 3.1.10. 式文の書き出し
 3.1.11. 『二十五三昧式』の式文の訂正
 3.1.12. 『二十五三昧式』と『六道講式』の成立過程
 3.1.13. 天台宗現行本と兼平行海師書『二十五三昧式』
 3.1.14. 比叡山、元三大師堂での恵心講における『二十五三昧式』
 3.1.15. 天台真盛宗における『二十五三昧式』
 3.1.16. 『二十五三昧式』復活のための新たな提案
 3.1.17.  静洞師写本および深達師本『二十五三昧式』
3.2. 『二十五三昧式』と『六道講式』の講式節
3.3. 『二十五三昧式』と『六道釈』

4章 『二十五三昧式』と『往生要集』および『法華経』
4.1. 『二十五三昧式』と『往生要集』
 4.1.1.  『二十五三昧式』の要語と『往生要集』
 4.1.2. 因果応報
4.2. 『二十五三昧式』と『法華経』

5章 『六道講式』西方寺本
5.1. 『六道講式』の次第
5.2. 『六道講式』の表白
5.3. 六道釈
5.4. 『六道講式』の博士譜
5.5. 『六道講式』西方寺本の位置づけと『六道講式』の分類
5.6. 『南宮講式』
5.7. 観阿尭禅上人

引用文献
あとがき

本文A4版、125ページ、別冊B5版36ページ、著者 長谷川明紀、 発行所 江津山西方寺(松阪市郷津町358-1、電話0598-51-2287)、発行日 平成23年11月15日。

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4)『法華経山家本』にその読誦法を探る

天台真盛宗伊勢教区では、天保六年に真阿宗淵上人によって開板された『法華経山家本』が常用されています。
 
『法華経山家本』(『山家本法華経』ともいい、『山家本』と略す)の読音は、国指定重文の総本山西教寺蔵『西教寺本法華経』(平安後期〜院政初期)や坂本聖衆来迎寺蔵『聖衆来迎寺本法華経』(院政期)などに見られる日本漢字音の流通音と一致する事が明らかにされ、一音節字の去声から上声への声調変化の過程から判断して上記二本より書写年代は新しいと考証されました。また、国内で広く用いられている『慈海版法華経』『日相本法華経』にはない、入声促音の小書き表記法(
)が『山家本』には用いられていることから、『山家本』における入声音の読みが、2章から9章に亘って詳細に検討考察されました。

 入声促音、連音に伴う去声から上声への声調変化、連濁、連声という音韻現象を、一切の前提を設けず、『山家本』に付された読音のみから探るという方法論により研究され、句の初頭、句尾直前に意味の切れ目があるときは、音の連続性が優先されるものの、句内では、意味の切れ目で音は切れることが、解明されました。

 国語史の研究分野では広島大学名誉教授、故沼本克明博士により、醍醐寺蔵『諸経中陀羅尼』における慈覚大師點の法華経陀羅尼が正しい陀羅尼音であり、その音を最も多く残しているのが『西教寺本法華経』であるとされて来ました。陀羅尼では短音を漢字の声点の上声で、長音を去声で表示することから、それを手掛かりとして、『山家本』の陀羅尼の音を検討した結果、一部長短音の表示から漢字の声調への統合が見られるものの、『西教寺本法華経』より一層正しい慈覚大師の音を留めていることが判明しました。

 こうして入声促音を初めとする種々の音韻現象、陀羅尼の読みの検討には『山家本』は優れた資料であることが実証されました。
 なお、本書の第10〜12章では、故沼本克明博士から直接の御指導を賜りました。

 
著者:長谷川明紀、出版元・発行所:皇學館大学出版部、516-8555伊勢市神田久志本町1704(電話0596-22-6320A4276頁、本体価格3,934円+税

 本書は、上記皇學館大学出版部にてお求め下さい
 
               

目  次

1章 序章
 1. 『西教寺本法華経』と『九條本法華経音』
 2. 『法華経山家本』、『西教寺本法華経』および『聖衆来迎寺本法華経』
 3. 『慈海版法華経』
 4. 『法華経山家本』の訓点
 5.法華経読誦法
    5.1. 日本漢字音の声調
    5.2. 『九條本法華経音』と『法華経山家本』
    5.3. 『法華経山家本』と『山家本法華経読誦教本』
  6. 法華経陀羅尼と梵語音写字
 7.『西来寺蔵 仮名書き法華経』
  8. 漢文法
  9. 『山家本』読誦の現状
 10. 促音の小書き表記「ッ」と『法華経山家本』
 11. 『法華経山家本』のデジタル化
 12.  本著の構成
 13. 『山家本』の時代的考察

2章 経文の主語と述語
  1. 「妙法蓮華経序品第一」の文法的解読
   2. 句頭の「佛」単独の主語と、述語または述部の間の音韻
  3. 二文字以上の主部「〜佛」と、述語または述語の音韻
 4. 二文字以上の一般主語と述語または述部の音韻

3章 嘆詞
  1.  嘆詞の分類
  2. 「舎利弗當知」の読み
4章 連続する促音の禁止
  1.  連続する促音の禁止を示唆する事例
  2. 「法中」の読みから窺える連続する促音の禁止

5章 述語の関係する読誦法
  1.  一字の述語
    1.1. 句の初めの入声述語に、直音一音の文字が続く場合
    1.2. 句の初めの入声述語に、直音一音以外の文字が続く場合
    1.3. 句の途中の入声述語、一字述語 直音一音字
    1.4. 副詞等+ 述語 + 一字の目的語
    1.5. 副詞等 + 述語 +数文字の目的語
     1.6. 副詞等 + 述語
    1.7. 助動詞 + 述語 + 目的語
  2. 二字の述語
    2.1. 句の初めの二字熟語の述語 + 目的語
     2.2. 句の初めで、二つの動詞からなる述語 + 目的語
    2.3. 二字述語に直音一音字の文字が続くとき
    2.4. 述語が並列する場合
    2.5. 句の最後から二番目に入声述語がくる場合
    2.6. 兼語式、逓繋式
  3. 述語の関連するその他の問題
    3.1 動詞の名詞化
    3.2. 副詞の連語
    3.3. 倒置法、意味上の切れ目など
    3.4. 「得歓喜」などの読み

6章 並列語の音韻
  1. 名詞の並列
    1.1. 一字語の名詞の並列
    1.2. 一字語と二字語の並列語
    1.3. 一字語と三字語の並列語
    1.4. 二字語の名詞で始まる並列語 
  2. 連体修飾語としての形容詞の並列語
  3. 述語の並列語
    3.1. 一字語と一字語の並列語
    3.2. 一字語と二字語の並列語
    3.3. 二字語と一字語の並列
    3.4. 二字語と一字語の並列語に目的語が続くもの
    3.5. 二字語と二字語の並列語
  4. 形容詞の述語の並列語 
  5.
 その他の並列語

7章 キ・ク入声の音韻 
  
1. 
キ入声
  2.  ク入声

8章 句尾直前の入声字の促音化
  1.  句尾直前の入声字にルビのあるもの
  2. 句尾直前の入声字にルビのないもの

9章 個々の文字が関係する入声促音と、入声促音化のまとめ
  1. 「之」に前接する入声字の読み
    1.1.「〜+之」に於いて、「〜」が述語で「之」が目的語の場合
    1.2.「〜+之」に於いて、「〜の」として連体修飾語となる場合
    1.3.(付節)「出」の他動詞の読み
  2. 否定副詞、「不」および「非」、の読み方
    2.1. 「不」の読み方 
    2.2. 「非」の読み方
  3.入声字の促音化のまとめ

10章 法華経陀羅尼
  1. 『梵漢字法華陀羅尼』と『法華経陀羅尼』(梵漢両字・考異付)
  2. 『法華経陀羅尼』の悉曇文字の解読
  3. 『法華経陀羅尼』、『法華経山家本』、『法華経山家本裏書』の校合
  4. 悉曇文字の読み
  5. 真阿宗淵上人開板『法華経陀羅尼』の本文と考異
  6. 慈覚大師点
    6.1. 片仮名への加点
    6.2. 「寛仁の点」・「覚大師点」
    6.3.  醍醐寺蔵の慈覚大師法華経陀羅尼
  7. 梵語の長音・短音
    7.1.『法華経陀羅尼』の長音・短音
    7.2. 『法華経陀羅尼』と他の陀羅尼との長音・短音比較
  8. 慈覚大師の読みとされる大原寺如来蔵本と醍醐寺蔵本の比較
  9. 『法華経陀羅尼』の漢字本と梵字本の相関関係
 10. 陀羅尼の読誦法
 11. 如来蔵慈覚大師點本の書写年
 《追記》

11章 梵語漢訳字の音写語と意訳語の読み
  1.  山家読みにおける、一字一拍・二字一拍、の問題点
  2.  『山家本』の経文の読み
    2.1.  品題の音写語と意訳語の読み
    2.2.  経文の意訳語の読み
  3.  経文中の梵語音写字「阿」の読み
    3.1. 梵語音写字「阿」
    3.2. 「阿」に上声またはビフラ(毘富羅)声の加点があるもの
    3.3. 「阿」に平声点が加点されているもの
  4.  経文の音写語と意訳語の判別
    4.1.  梵字音写語を意訳語のように一字一拍子に読むもの
  5. 「阿」を除く梵語音写語の読み
 《追記》

12章 ビフラ(毘富羅)
  1. 法華経巻第一を主としたビフラ声の調査
    1.1. 上声、平声からビフラ声に声調変化するか?
    1.2.  二音節以上の文字はビフラ声にならないか?
    1.3.  ビフラ声は句頭に立つのみか?
    1.4.  長い音とあるが、それはどの程度長いか?
  2.  院政期時代以降の毘富羅声
  3.  『常法本』の声点
  4.  『山家本』ビフラ声の時代的考察
 《追記》
13章 連濁
  1. 『山家本』における鼻音韻尾
  2.  鼻音表記の歴史的変遷
    2.1. 柏谷氏の研究におけるイ表記の漏れ
  3. 『山家本』における非連濁
  4.  句の最後の文字に新濁が生じる場合
  5.  連濁率
14章 連声
  1.  連声の理解が容易なもの
  2. 「已」「為」「有」「於」の関与する連声
  3. 「〜發阿耨多羅三藐三菩提〜」に於ける連声
15章 呉音・漢音読み
  1.『西教寺本法華経』の唐音と『山家本』の音
    1.1.  義源撰『乾元本法華讀音』に見られる漢音
    1.2.  『山家本』の呉音と漢音の実状
2.「説」の呉音・漢音

あとがき

索   引




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