観音堂修復再建工事
下記の部材を除きほとんどすべて基礎から新調する、ほとんど新築に近い修復再建工事であった。

 再使用部材
 小屋組敷梁、小屋梁、鏡板、大斗、肘木、大引、木鼻、差桁、隅虹梁、前包、蛙股、大瓶束、差棟、鰐口、上壇、欄間、建具、犬走り石材

工事期間 平成17年3月〜7月末

施工業者:棟梁 松阪市 大藪勇、瓦 岐阜県御嵩町 伏見窯業、葺師 京都天竜寺 徳舛瓦店
(これらは本堂、閻魔堂工事と同じ業者)





西方寺観音堂とその仏たち


 前観音堂 宝暦元年(1751)に寄進を受けた聖観世音菩薩立像を本尊として、安永四年(1775)、百六十五両の浄財をもって当山第二十世真界和尚の代に建立された。工匠は高町屋村長谷川甚七氏であった。
その観音堂も長年の風雪を経て老朽化が進み、建物は傾倒して倒壊の恐れが生じたため、平成2年、地伏を取替え、建物を起こし、壁を修理し、囲いを新調した。その後も、屋根の痛み、瓦のずれが進行し、地震の際の危険性が危惧されるに至った。そこで、新本堂再建につぐ第二期工事として、観音堂を再建することになり、平成17年2月13日滅燈会を催して、観音堂に別れを告げ、修復再建のために解体した。

 新観音堂 前観音堂の柱等の部材を出来るだけ再使用しようとしたが、痛みや変形が著しく、台輪上組物、小屋組みの松材、正面破風内側組物、内陣上壇、地伏、向拝の建具などを除いて殆ど新調することになった。平成17年3月21日地鎮祭、5月9日立柱式、5月17日上棟式を経て、7月25日完工し、7月29日に仏像・仏具を搬入し、入仏回向した。建物の構造、規模は全く前観音堂と同じである。工匠は新本堂と同じく大宮田町大藪勇氏であった。

本尊聖観世音菩薩立像(正面真中)
 宝暦元年(1751)当山十九世真浄和尚の代に、大口村仙薹屋傳左衛門氏の仲介を経て大口村池田屋清九郎氏から当山に寄進された。素朴なお姿ではあるが、お顔は清楚で美しい。
 聖観音の姿は出家前のお釈迦様のそれが基本となっており、宝冠をかぶり、装身具を身につけ天衣などをまとった、きらびやかな姿をされている。宝冠の前面には観音の教主である阿弥陀如来の化仏(けぶつ)が付く。この化仏は今まで欠損していたので、この度後補した。 本尊右脇の聖観音は郷里を離れられた檀家から預かったものである。
 観音にはこの聖観音のほか、十一面、千手などの観音がある。これは観音が人々のさまざまな願いに応じて自らを変身させた姿であり、変化(へんげ)観音と言われる。これに対して変身しない基本の姿をしたものを聖観音と呼ぶ。観音は人々の苦しみを除き、願いをかなえる仏として人々から広く信仰されている。

地蔵菩薩立像(一番右)
 江戸末期には当山は十四ヶ寺の末寺を有したものの、明治五年、無檀・無住の寺院は廃寺とするとの布告により、松坂二十四ヶ所地蔵巡礼の第二十一番札所として親しまれてきた江津村海珠庵が廃寺の憂き目に会い、その本尊であったこの地蔵菩薩立像が観音堂に合祀されたと伝えられている。
 地蔵菩薩は、お釈迦様が入滅された後、弥勒菩薩がこの世にお出ましになるまでの永い年月、この世には仏様がおられない無仏の時代となるため、それを哀れんで、人々を救済するために地蔵菩薩が遣わされたと言われている。

不動明王立像(左から二番目)
 聖観音の寄進と同年の宝暦元年(1751)預川覺範僧都御作のこの不動明王が朝田村武兵衛氏から寄進された。
 この不動明王の御宝前では毎年二月十五日、郷津町町民による家内安全五穀豊穣のご祈祷が催されている。
 不動明王は、赤々と燃え上がる火炎を背負い、眼を見開き、歯をむいた恐ろしい形相をしているが、それは大日如来の命を受けて、すべての悪を払い、邪神や仏敵を強い力で従わせようとするためである。また、この不動明王は、煩悩に迷う人々を屈服させてでも救おうとする大日如来の化身、使者とも言われ、一方では、密教の修行をする行者を加護する、慈悲深い明王でもある。

弘法大師像(一番左)
 当寺は天長元年弘法大師空海上人の開基と伝えられている。そのため、当山開祖弘法大師の尊像が観音堂に奉安され、弘法大師の名の入った提灯が一対寄進されている。

青面(しょうめん)金剛立像(右から二番目)
 三眼を持ち、どくろを巻いた蛇を頭上のせ、身体や両手・両足にも蛇をからみつかせ、髑髏(どくろ)の冠やネクレスをつけた迫力あふれる姿の立像は、庚申待ちの本尊とされる青面金剛である。人の身体には三尸(さんし)虫(ちゅう)という虫(三彭(さんほう)ともいう)が寄生していて、庚申の夜眠るとその虫が這い出て天帝にその人の罪を告げるという。そこでそれを防ぐため、庚申の夜は皆で集まって念仏などして夜を眠らずに過ごす。これを庚申待ち、または庚申講といい、近郊でもつい最近までこれが行われていた地域がある。
 庚申の日、この青面金剛を祀り、夜半に南に向かって彭(ほう)侯子、彭常子、命(みょう)兒子と三度づつ唱えるという。
 この青面金剛は、病魔悪鬼を取り除くご利益があるとされている。