| スノーホワイト(3) あいも変わらず、かの塔の最上階からはお約束の問答が繰り広げられておりました。 「鏡よ、鏡。白雪姫のその後の様子はどうかしら」 王妃の美しくも鋭い声が、ランプ一つを照らされた部屋に低く響きます。 対して魔法の鏡は、歌うようにのんきに応えました。 『はーい!どうやら森に住む小人の家に身を寄せたみたいですよ〜』 「あら?あの森には確か誰も住んでいないと思っていたのだけれど?」 王妃は、怪訝そうにその眉根を寄せます。 『それが住んでたみたいなんですよー不思議ですねえ』 「二人の姿を映せるかしら?」 途端、鏡の鼻息が(あるとしたら)荒くなりました。 『合点承知!こんな事もあろうかと、遠隔操作付き盗撮機を開発しておいたんですよ!』 「…魔法とか…」 若干の疑問を感じたものの、聡明な彼女は深く追求するのは時間の無駄だと悟り突っ込みは 控えました。 『こんな感じでどうでしょ?』 鏡の言葉と同時に、中継宜しく鏡面に映し出された二人の映像は、会話こそ聞こえないものの どうやら他愛無い喧嘩をしているようでした。 顔を真っ赤にして何事かを訴える金髪の少年を、白雪姫は笑顔を浮かべて軽くいなしております。 少年と、白雪姫は随分と打ち解けている様子に見えました。 「……」 王妃は、黙ってその映像を見つめました。 『ん〜、王妃どうします?何か楽しそうですよ、白雪姫。 試練もへったくれも無い感じですけど?』 「…そうね」 鏡面に映る二人は諍いを起こしてるというよりは、単に姫が少年を虐めているように見えます。 このような風景は良く見たことがあります。姫は気に入った人物を、その途切れない皮肉で からかう嫌な癖があったからです。しかし。 『あーあー、子供相手に大人気ないなー。あ、次の手どうします〜?』 「…ええ…」 『王妃?』 どこか上の空の返答を返す、王妃の珍しい姿に、鏡が訝しげな声をあげました。 「ああ、次の手ね。ええ…そう」 王妃は静かに瞳を細めました。 ********************************** 爽やかな朝。 今日も眩しいほどの晴天です。そして森の中の小さな家の玄関では、 もはや恒例となった毎朝の風景が繰り広げられておりました、 「エドワード!忘れ物は無いのか?ハンカチは持ったか?ティッシュは?…ああそうそう、 今朝もお弁当を用意したのだよ。忘れずに持っていきたまえ」 「……だーっ!!もう!うっとおしい!!お前はどこの新妻だ!?」 匂うように美しい笑顔浮かべて有り得ないセリフを、のたまうのはもちろん白雪姫です。 白雪姫が、小人であるエドワードの家に居着いてから、はや二週間が過ぎておりました。 働かざるもの喰うべからず、と宣言したものの、木こりとして自給自足で働くエドワードの 生活サイクルは既に固定しており、世間知らずの姫に他にやらせる仕事といえば 手っ取り早いところで炊事洗濯しかありません。 つまり家事全般を割り当てたのでした。しかし、 (失敗したかな…) フリフリレース付きの真っ白いエプロンを身につけた姫の満面の笑顔を見ていると、 エドワードは頭痛が起こってきそうな心持ちです。 唯一の救いは、その下に着用しているものは、極普通のシンプルな服という事でした。 綿と麻で出来た生成り色のシャツとブラウンのスラックスは、質素な服ではありましたが、 姫には良く似合っておりました。それはそうです。少なくともこの服は成人男性用です。 そもそもは視覚の暴力といえるドレスを脱げと忠告したものの、 当初、姫は頑として聞き入れませんでした。 『姫である意味を示さなければならない』等と訳のわからない言い訳を聞かされた時には エドワードは真剣に保健所への連絡を考えたものの、口八丁手八丁の姫に敵うべくもありません。 やっとの事で、アイデンティティ(白雪姫姫談)であるというドレスを脱がせたものの、 交換条件としてレースの若妻仕様エプロンの着用許可を認めさせられたのでした。 これはこれで、かなりの攻撃力です。 (この男の思考回路を真剣に解剖してやりたい…) エドワードは、溜息を吐き出すと、何度も浮ぶ同じ考えを頭に燻らせました。 「エドワード、気をつけてな」 そんな思いを知ってかしら知らずか、姫はエドワードにお弁当の包みを手渡します。 「…ああ」 自分を見つめるその優しげな瞳に、確かな気遣いを感じ エドワードは素直に返事を返しました。 たまに見せる姫の真剣な顔に何故かエドワードはめっぽう弱いのでした。 「いくら慣れているといっても、やはりここは危険な森なのだからな」 「…ああ」 「野生動物には十分気をつけるんだぞ」 「ああ」 「知らない人にはついて言っちゃ駄目だぞ」 「ああ、…って誰が!」 「そうそうおやつは300円までだからな」 「やかましい!!」 矢継ぎ早な文句に、からかいを交ぜられた事に気付いたエドワードが 顔を真っ赤にして叫び返しました。その姿に姫がくすくすと笑います。 「もう行くからな!」 「あ、エドワード。待ちなさい、忘れ物だ」 勢い、飛び出そうとするエドワードを、何かに気付いたように姫が引きとめました。 「え。何?」 振り返ったエドワードの返答を待たず、姫はそのすべらかな丸い頬に 羽毛のように軽いキスを落としました。 これは、俗に言う、いってらっしゃいのキス? 理解した途端、エドワードの顔がさっき以上に湯気が出そうなほど染まります。 「!!!なっななな!何すんだテメエ!!!!!!」 「いや、君が新妻だというから。らしくしてみようかと思ってね」 「アホー!!!!!!」 激昂するエドワードを尻目に、姫はにこにこと余裕の笑みを浮かべています。 「ほらほら、もう行かないと。日が暮れてしまうよ?」 「うー!!帰ってきたら覚えてろよ!」 「楽しみにしてるよ」 子ども扱いされた怒りと羞恥に乱された心身は、収まりそうにありませんでしたが 姫に背中を押し出されるまま、エドワードは木こりの仕事に出かけるのでありました。 ********************************** 「さて、と…」 先ほどの余韻に思い出し笑いをこぼしながら、白雪姫は扉を閉じました。 と、すぐにトントンと扉が叩かれる音が響きます。 「ちわーっす…訪問セールスでーす…」 異様に覇気の無い声も聴こえてきました。 この声は… 「ハボックか?」 姫は聞き覚えの有る声に、扉を開けようとします。 と、そこにはくすんだピンクの花柄のワンピースに身を包んだ、 死んだ魚のような目をした大柄な男が立っておりました。 サイズが合っていないのかその丈は、つんつるてんです 手には物売り風に籠を持ち、短い金色の頭髪を覆うように被った赤いスカーフを 顎の下で可愛らしく結わえていました。 「間に合ってる」 確認するや否や、姫は速攻で扉を閉じようとします。 「待て、コラァ!!!」 その瞬間、物売りの少女(?)が瞬時に閉じられようとする扉との間に 自らの足を捻じ込みました。素晴らしい訪問セールステクニックです。 物売り…もといハボックとの無言の攻防のあと、姫は諦めたように扉を開けました。 そして、しげしげとハボックを見つめます。 「……」 「……笑ってもいいんスよ…」 力なくハボックがだらりと笑いました。目は笑っていませんでしたが。 ややあって、姫が神妙な顔つきで口を開けました。 「…他人の性癖の事をとやかく言う気はないのだが、そして、これは けして主従関係を笠に着た命令というわけでもなく、飽くまで友人としての 忠告をさせてもらうと、その扮装は一般的に見て変態と分類されても仕方の無い 行為に思えるのだがどうだろうか?」 「だああ!!クドクド言わんでも解かります!っていうかアンタにだけは言われなくない!」 嗚咽せんばかりに、ハボックが叫びます。 「趣味ではないとすればなんだ。宗教上の理由か?」 「どんな宗教をもってしたらこんな珍妙な格好をさせられるってんですか」 姫は顎に手を当てると、ふっと笑みを零しました。 「…とすれば王妃の差し金及び、彼女の趣味か」 「アンタ絶対、最初からわかってたでしょう」 姫のそらっとぼけた顔を見ていると、ハボックの中で久々のファイティングスピリッツが 湧き上がるのを感じましたが、まずは職務優先とグッと堪えました。 中間管理職の悲しい性です。 「しかし、さすがに敏いな。もう見つかってしまったか」 姫は肩をすくめました。 「帰らずの森なら、魔法も聞き辛いと思ったのだが。さすが魔法の鏡といったところか」 実際、魔法はあまり使われていませんでしたが、姫に知る由もありません。 「まあ、そんなとこで。アンタが小人の家に落ち着いたっていうから細かい状況を確認しに」 「ほう?では王妃は今すぐ、私を連れ戻す意思はまだ無いという事なのか?」 ハボックの言葉に、姫は片眉を上げました。 「さあ…、俺にはあの人の考えなんか及びも付きませんよ」 カリカリと頬をかきながら、ハボックは落ち着かない仕草を始めました。 どうやら、煙草を探しているようです。 「終日、この家は禁煙だ。茶を出してやるから我慢しろ」 姫は顎で中に入るよう促すと、ハボックをダイニングに招き入れました。 「へえ、中は小奇麗ですね。外見は何ともいえない家でしたけど」 明るい午前中の日差しが差し込むログハウス風の部屋の中には、 小さめのテーブルに、椅子が二つ。 そしてその上には朝食のそのままにされたマグカップが二つ並んでいました。 赤と青のお揃いのカップです。 「そうだろうそうだろう、私が日々、心をこめて掃除をしてるからな」 皿を片付け、にこやかに応えると、姫は馴れた手付きでお茶を入れ始めました。 紅茶の良い香りが部屋中に拡がります。 お茶を蒸らす間、姫はここに落ち着くまでの経緯のあらましを話しました。 「…で、アンタは結局ここで何してるんですか?」 「炊事・洗濯・掃除。まあ有り体に言って、主婦業が中心だな」 「はあ…」 「皿洗い、茶の入れ方など随分上達したぞ?料理はまだ勉強中だが…」 なにやら、満足げに頷く姫を見つめるとハボックは、姫が今手に入れているスキルは 教養というよりは、花嫁修業に近いんではないかと思いましたが、 まあ、毒になるわけでもなしいいか、と一介の狩人である身上では黙っておりました。 しかしまあ、一国の姫ともあろう身分の者が、人に仕える立場に成り下っているとは、と プライドの高い姫の性格を知るハボックには、意外に思えます。 「エドワード、とかいいましたっけ?そいつはそんなに可愛いんですか?」 「とてもからかいがいがあってね。一緒にいると飽きない。全く面白い子供だよ」 くすくすと姫は笑います。 それは気の毒に、と姫の根性の悪さを身をもって知るハボックはエドワードに対し 同情の念を禁じえませんでしたが、姫自身はとても楽しそうです。 それは自分をからかっているときのとは又違った表情を浮かべているように見えました。 姫はこんなによく笑う人だったでしょうか? 「随分と楽しそうですね」 「ああ、毎日がとても楽しい」 その満ち足りた笑顔に、ハボックは少なからず驚きました。 ハボックが目にしていた城での姫の顔は、冷めた表情か、皮肉めいたものが 大半で、こんなに素直に感情をあらわす姫を見たのは初めてだったからです。 城に生きる彼はいつも息苦しそうでした。 篭に閉じ込められた憐れで美しい鳥のようでもありました。 だからこそハボックは姫の気分転換なのであろう、子供の悪戯のような皮肉の嵐にも 耐えてきたのです。 「それは、良かった」 世辞でもなく、心からハボックはそう思いました。 姫の機嫌が移った様に笑うハボックに、姫が次の質問を投げかけます。 「そうそう、お前料理得意だろう。タコウィンナーの作り方はわかるか?」 「あ、それなら包丁の入れ方がコツなんスよ…こう…ってあーあー、そーじゃなくて!」 危うく際限の無い主婦の井戸端会議に突入する、すんでの所をハボックが遮りました。 「何だ、やぶからぼうに」 「こんな話をしにきたわけじゃないんっスよ、俺は!」 本来の目的を忘れそうになっていた自分を叱咤すると、ハボックは、ここまできた 二つ目の目的を語り始めました。 一つは、姫の現在の近況を調べるため。もう一つは― 「実はですね…」 ********************************** 深層の森に、切り倒された木の倒れる音が木霊となって響きます。 「…そろそろ休憩しようかな」 気が付けば、太陽が高く昇っています。 細かく額に浮んだ汗を拭うと、倒したばかりの切り株に腰掛け エドワードは今朝無理やり持たされた弁当の蓋を開けました。 燻製ハムとチーズのサンドウィッチにアスパラとベーコンのキッシュ。 キノコと山菜のサラダが彩りよく盛り付けられ、ご丁寧にウサギの 形に切られたりんごが添えられています。 「…なんか日毎に凝って来るのが怖え…」 その余りの内容の懲り様に冷や汗をかきつつ、たっぷり一分眺めた後、 エドワードは、パクリと一口それを放り込みました。 見た目は問題が無いのに、何とも微妙な味がすることだけは最初の頃と全く同じです。 美味くも無く、不味くも無い。 ここまで微妙な味が出せるのは、ある意味凄い才能なのではないかと思いました。 白雪姫と共同生活を始めてから、はや二週間、 彼と暮らし始めてからのエドワードの生活はその以前との様変わりが凄まじく、 何年も経ったような気持ちがします。森での一人の生活に慣れていたエドワードにとっては 赤の他人が一緒に暮らしている事だけでも既にイレギュラーだというのに、 何が楽しいのか、暇さえあれば姫はエドワードを構い倒してくるのです。 からかわれている事は解かっているものの、直情型のエドワードはまんまと乗せられて しまうのでした。 しかも姫はエドワードを本気で怒らせるギリギリ一歩前のラインで引くのです。 なんとも巧妙なそれに、本気で怒鳴るタイミングを逃してしまった事もしばしば、 しかしエドワードにとって一番性質の悪いのは、別の事でした。 (…うう、あの瞳…。なんなんだろアレ…) 悪戯が成功したとき、エドワードが思惑通りの反応を返したとき、姫は酷く楽しそうに、 そして優しげに笑うのです。 その目を見ると、起こる気力も削がれ、ただただその瞳の色の深さに圧倒され、 許してしまう自分がいるのも、また事実であり。 他人に感傷されるのが大嫌いなはずなのに、口に出すほどは腹を立てていない 自分自身が居ることにも不思議になるのでした。 (大型犬にでも纏わりつかれてる気分なのかなあー…) エドワードは犬は好きです。 しかし思い浮かべた人物は、愛玩犬というには程遠い存在である事を思うと、 思わず笑いを零しました。 「お?何だ?愛妻弁当か?」 突然背後からかけられた声に、エドワードは心臓が飛び出そうに驚きました。 「!!!!ラ、ラッセルか?!」 振り返ると、金髪で背の高い少年が覗き込んでいました。 ラッセルは、曰く付きの「帰らずの森」を狩場とする数少ない、狩人の一人です。 以前、この森の深部で迷っているところを助けた経緯で知り合った彼とは この広い森の中、それほど会う頻度は多くありませんでしたが 年が近いこともあり、エドワードにとって友人と呼べそうな人間の一人でありました。 「んなんじゃねーよ!!」 顔を赤くして食って掛かる様に反応するエドワードを、ラッセルは面白そうに眺めます。 「そうなのか?じゃ、俺にも一口くれよ」 「…ダメ!」 思いもよらず大きな声がでた事に、エドワード自身が驚きました。 間髪入れない要求の却下に、ラッセルは瞳を瞬かせます。 「なんで?」 「え…いや、その、あんま美味しくないし」 次第、しどろもどろになるエドワードに、ラッセルは畳み掛けます。 「不味いのか?だったら余計に俺にくれてもいいんじゃないか?」 「うっ、とにかくダメだったらダメだ!」 庇うように弁当箱を蓋する姿を眺めると、ラッセルは何事かを 納得したような表情を浮かべました。 年下だというのに、時々妙に大人っぽい顔を浮かべる彼が、 エドワードには密かに面白くありません。 「ふーん…」 「んだよ、ニヤニヤしやがって!!」 「ま、お幸せにな?」 「だから!!勘違いするなー!!」 真赤になったエドワードの隣に気にせず腰掛けると、 ラッセルは用意してあったらしいパンを齧り始めました。 食事による暫しの沈黙のあと、独り言のようにラッセルが呟きました。 「しっかし、エドワードに彼女かあ…。可愛いコか?紹介してくれよな」 悪気の無いその言葉に、エドワードは無言で喉を詰ませると、思わず噴出したのでした。 NEXT |
--------------------------------------------------------------------------------------
05/04/18
ハボックが大好きです^^。