「人はだれでも自分の中に湖をもっていて、その深さとか色調とか涼しさとか透明度とかを、その人の生の最後の瞬間まで、加えたり変幻したりしている。人に話をするということは、その人の湖に話をすることであるように思う」(社会学者 見田宗介)
 
北海道の湖沼を訪ねて 1 道央・道南編
 
 支笏湖。ポロト湖。ウトナイ湖。洞爺湖。大湯沼。奥の湯沼。クッタロ湖。大沼。小沼。半月湖。神仙沼。大湯沼。大沼。長沼。雨竜沼。
 
 寛政ニ年(1790年)
 最上徳内 蝦夷国風俗人情之沙汰  山谷の事(山谷、沼地,入海の事)
 『扨又、沼には・・・「ユウブツ」「シコツ」「アカントウ」「クスリトウ」、此等は森々たる湖水なり。其外「アブタトウ」「ユウトウ」「トウブイ」・・・此外小なる沼々数あり。又、入海には・・・「アツケシトウ」「ヲンネトウ」「フウレントウ」此等は皆海水往来して潮汐の干満あり。各鶴、鵠、雁、鴨等夥し。又、魚類も夥し。中にも鮭、鱒多し』
 

北海道の湖沼を訪ねて 1
北海道へ行っての楽しみはたくさんあるが湖沼をゆっくり訪れるのもその一つである。一つ一つの湖沼が四季それぞれに違った景観で迎えてくれる。北海道長期滞在中に訪れた四十四の天然の湖沼と人工的に作られたダム湖の中でもっとも思い出多い朱鞠内湖を紹介したい。
 

北海道には生成過程が異なる湖沼がある。湖沼を見ながらそれらの生成パターンを自分なりに分けるとなお印象が深くなる。
 火山活動によって生じたくぼ地に水がたまってできた湖(カルデラ湖)はクッタロ湖、摩周湖、屈斜路湖、洞爺湖、支笏湖、阿寒湖・・・あとは???
 海流が運んだ土砂で作られた州によって内湾と外海が隔てられ作られた湖(海跡湖)は道東に多いことはその現場に立てば一目瞭然。

支笏湖 道央 千歳市
 はじめて支笏湖の名を知ったのは子どもの頃に見た映画「我、幻の魚を見たり」であった。大河内伝次郎が演じた和井内貞行が支笏湖のチップを十和田湖に孵化させて放流。二年後に岸に魚群が押し寄せた。艱難辛苦の末、遂に十和田湖で魚の養殖に成功したのである。樹上の小屋から興奮して魚群を見る和井内貞行の姿に感動した記憶がある。千歳市街から支笏湖への道道16号線は通称支笏湖スカイロード。落葉樹で包まれたこの道を松浦武四郎も歩いたらしい。カルデラ湖の支笏湖畔から見える、札幌オリンピック滑降競技の行われた恵庭岳の雄姿が実に素晴らしかった。支笏湖は日本のカルデラ湖面積ランキング第2位。日本最北の不凍カルデラ湖。水面標高248m。湖底は海水面より低い。画像は氷濤祭り。
 ポロト湖 道央 白老郡白老町
 「シラヲイ シラウは虻の事也。此地に多きが故号し也。・・・此辺北西山を受巳午向浜にして暖気也」。ポロトは観光施設のアイヌコタンが作られて名所となったが周囲の林は「ポロト自然休養林」に指定されている。この休養林を地元の人たちが調査した結果、幹周り3メートル以上の巨木が130本もあり、その中には5.76メートルのハリギリの木もあった、とのことである。ポロトとは大沼のこと。すぐ近くにポント即ち小沼があることを知る人は少ない。長期滞在をするとこんな林を散歩できるのが嬉しい。樽前山が美しい。
 ウトナイ湖 道央 苫小牧市 日本の重要湿地
 「其沼と云はウツナイトウとて廻り凡二里半余なれども皆周蘆荻にして三里有るや、四里も有り候哉、誰もしりたるものなし」。
 勇払川流域にあるウトナイ湖はその周辺の湿地と林を含めた510ヘクタールがラムサール条約に登録されている。この湖が渡り鳥の中継地と聞いて何度か出かけたがその度にその数の多さに圧倒された。しかし、もしこの湖が汚染されたり伝染病が発生したら恐ろしいことになりはしないかと危惧したり・・・。2.21平方キロメートルのこの湖は宝石の箱だ。どうしても護りぬかなければならない湖だ。ちなみに北海道のラムサール条約登録地はウトナイ湖の他にクッチャロ湖、釧路湿原、霧多布湿原、厚岸湖・別寒辺牛湿原の五箇所である。
 洞爺湖 道央 虻田郡洞爺村、虻田郡虻田町、有珠郡壮瞥町
 「湖中に三ッ島あり、是に小堂有て円空鉈作りの仏を安置す。此湖が氷らば人が皆死と答しに、根も無事と笑て過しが、実話なるか、寛永六己巳蝦夷松前大雪人多く死す」(東蝦夷日誌二篇)。二万体の仏を彫らんと発願した円空が寛文五年(1665年)に蝦夷へ渡って来たとは本当だろうかと一瞬疑うが北海道には円空仏が三五体あることを教えてもらって納得。近くの有珠山はかっては臼岳。「常に黒烟を吐き、千万雷を轟す如く、実に膽心を寒からしむ」と松浦武四郎が記録した臼岳(有珠山)へ菅江真澄は寛政五年に登り、洞爺湖を眺め「湖中にある中島が四つ五つも見えた。この水に十五・六尺もある水鮭がすんでいるという」などと「えぞのてぶり」に書いている。有珠山が爆発した2000年3月31日に僕たちは北海道に滞在していた。武四郎坂から洞爺湖を隔ててみた有珠山は巨大な白煙を出していた。洞爺湖は日本のカルデラ湖面積ランキング第3位。
 
大湯沼 奥の湯沼 道央 登別市
 大湯沼、奥の湯沼、日和山、地獄谷、クッタロ湖などは火山の爆裂口のあとらしいことは容易に想像できる。
 大湯沼は周囲1キロ、最深部は25メートルで130度の硫黄泉を噴出し、そこへ流れ込んだ水を50度に温めてから流出させているとのこと。写真を撮ってもらおうと二人連れの若者に話しかけたら台湾の人だったので図を描いて苦労しながら大湯沼を説明。若者は分かったらしく盛んに驚いていた。この若者とまた奥の湯沼でもあったのでカメラのシャッターを切ってもらった。
 松浦武四郎は東蝦夷日誌二篇に登別(ヌブルベツ)温泉について「予弘化(丁巳)二年夏始てヌブルベツに到しが、其時は道も有か無かにし丈より高き笹生、其難渋筆の及ぶ所ならざりしが、去る巳(安政四年)の夏石場(斎宮)君私費にて開かれしと聞ば再行せんと戊午八月橋の元より入る。・・・温泉場今は止宿所も出来、湯治人も居たり。筵を河中に敷て浴せしが、今は川の上に屋根を架、二川(西シユンヘツ、水川也、東クスリサンヘツ、熱湯也)合て程よき湯にして入る也。硫黄にして臭気甚し」と記録している。
 齢をばぬぶるべつてふ湯あみすとくるしき道もいとはでこし 松浦弘(武四郎)
 クッタラ湖(倶多楽湖) 道央 白老郡白老町 日本の重要湿地
 周囲8キロ、面積3.8平方キロメートルと小さい湖でありながらも最大水深は257メートル。円形に近く外輪山が急峻な典型的なカルデラ湖で流出入する河川はない。この湖を最初に記録した人は松浦武四郎。その記録は「・・・東を望めば廻り凡壱里半とも思わる湖水壱ツ相見へ、其木の間より纔に是を見るニ蒼波相起り、腥気颯として物淋し」(蝦夷日誌一編巻之七)。木の間からわずかに見えるのは今も変わっていない。
 大沼 道南 大沼国定公園 亀田郡七飯町 日本の重要湿地
 「島の数三十五六も有る也」と記録された大沼から見る駒ケ岳は実に美しい。惚れ惚れとする。「この山へ登りたい。いや逆に『島の数三十五六も有る也』と記録された大沼を山頂から見たい」と思い登山口へ行ったが登山禁止であった。松浦武四郎は駒ヶ岳へ登り、途中で「・・・大沼小沼も眼下ニ見え・・・実に目覚しき景色也」とその美しさを讃えている。
 
 
小沼 道南 大沼国定公園 亀田郡七飯町
 国道五号線大沼国道の蓴采沼から東に入るとまず現れるのが小沼。湖岸に船が着いていたり湖中に網が張ってあったりと生活に密着した様子が感じられる。湖の端はJR函館本線と道路が交わる月見橋。近くの小さな駐車場へ車を入れて一服が楽しい。
半月湖 道央 虻田郡倶知安町
 豊かな森林に囲まれた小さな半月湖は四ヶ月間滞在して見続けた後方羊蹄山の倶知安側登山口近くにある。訪れる人は少ないがたくさんの花が次ぎから次ぎへと咲き野鳥も鳴く別天地でしばしば訪れて楽しんだ。この湖は冬もいい。凍結し風も遮られ湖上を歩くスキーで楽しむのもよい。キツツキ類のおおい森だ。僕にとって思い出がいっぱいつまった湖だ。
神仙沼 道央 岩内郡共和町 日本の重要湿地
 神仙沼のあるニセコ神仙沼自然休養林は共和町と倶知安町にまたがりニセコアンヌプリ、イワオヌプリ、ニトヌプリ、チセヌプリ等の山々の間にいくつかの沼がある。その中でもっとも訪れる人の多い神仙沼はダケカンバやアカエゾマツに囲まれ標高750メートルの沼と湿地帯。画像でもわかるようにミツガシワも多くたくさんの花がさく。「神仙沼」の命名者の説明版があった。休養林内の山々を登ったがもっとも高いニセコアンヌプリよりイワオ、ニト、チセヌプリの印象が強い。秋のダケカンバの黄葉の凄さは例を見ない。厳冬期にニセコアンヌプリとイワオヌプリ登山口の標高750メートルにある五色温泉の露天風呂に入った。からだはほかほか、頭髪は凍っていた。これほどの思い出の温泉は他にない。
大湯沼 道央 磯谷郡蘭越町
 蘭越町チセヌプリスキー場下にある湯本温泉の大湯沼はたっぷりと湯量を持っている。この大湯沼で沈澱物をすくってみえるおじいさんがおられたので話を聞いた。「孫がアトピー性皮膚炎で困っているがここの沈澱物は肌にいいので定期的に汲みに来ている。雪秩父国民宿舎の温泉にぜひ入っていきな」。早速温泉へ入った。泉質は酸性硫化水素泉とあった。
大沼 道央 岩内郡共和町
 五色温泉からイワオヌプリ、ニトヌプリの間を通って大沼へ抜け、さらに大谷地から神仙沼へ進む山道は自然体験のコースなのか高校生の集団にいくつも会った。その道を僕とワイフは大谷地から大沼へと下った。途中に見たことのない植物があった。「これなんだ? すぎなかな?」。どうも分からない。高校生に植物を指差して「これ、何? 北海道にはたくさん生えているの?」と聞いたが「知らない」と。生徒がたくさん集まりだした。そこへ先生が。「先生、これ何?」と生徒が聞いたら先生はこともなげに「天然記念物のフサスギナだ」と言った。生徒が「先生、凄い!」と言ったら先生は「見つけた人はもっと凄い」と言った。大沼を見に行った思い出である。画像の後方はイワオヌプリ。
長沼 道央 岩内郡共和町
 滞在していた泉郷の若者に「長沼に行ってくる」と言ったら「長沼ってどこですか?」と。「チセヌプリの北西だ」と答えたら「そんな所に沼があるのですか」と。地元の人もあまり行かない沼らしい。大森林に包まれたそれはそれは美しい沼と期待して行ったらチセヌプリを背にした開けた明るい沼であった。しかし不思議なことにこの沼にザリガニが棲息しているらしい。「なんでこんな所にザリガニが?」驚きであった。下山して車へ行ったら「ヒグマ出没 山菜とりより命が大切 岩内警察署」とチラシが挟んであった。さすが北海道、と妙に感心。 
雨竜沼 道央 雨竜郡雨竜町 日本の重要湿地
 雨竜沼へ上って行ったのは大雨の翌日であった。雨竜沼湿原からのペンケペタン川は水量たっぷりで白竜の滝はごうごうと落ちていた。登りついた雨竜沼はキスゲの全盛期で豊富な水をたたえた沼は真っ黄に包まれていた。予定では暑寒別岳への登山であったがあまりの美しさに登るのをやめ沼でゆっくりして堪能した。
 

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