私はいま
私は いま
そしてこれから
 
このページには、私のいましていること、
これからしたいことを書いていきます。
 
 そよ風かすかに青い空
 ふりそそぐ朝の光限りなく
 荷物は積んだら思い出は捨てた
 新しい風が吹き始めてる
 振り返るばかりの毎日は
 今日で全ておさらばさ
 あり金はたいたこの中古バン
 ドアを開けて乗り込んだ
 風の吹くまま気の向くままに
 旅に出るのもいいもんだ
 どこへ行こうかフリーウェイ
 導いておくれフリーバー
 ウィンドウグラスに展がる
 どこまでも続く地平線
 かぎを差し込み回せば
 パノラマのように動き出す
 風の吹くまま気の向くままに
 旅に出るのもいいもんだ
 どこへ行こうかフリーウェイ
 導いておくれフリーバー
     (時任三郎の歌より)
 
 

小椋 桂は「自分の夢は人に語ることによって実現する」と言っています。
私はここに自分の夢を書くことによって少しでも実現に近づけたいと思います。

沖縄へ
 3月12日〜14日 念願の沖縄へ2泊3日の小さな旅をしてきた。 
 
與喜天満神社
3月21日 久しぶりに初瀬を訪れた。先ずは與喜天満神社へ。祭神は菅原道真、長谷寺の地主神である。この地に鎮座したのは平安時代(946年)で天満神社としては日本最古であり、現在の社殿は江戸時代(1818年)に長谷寺によって再建された建物である。折りしも朱塗りの鳥居から長い石段の続く参道沿いには紅梅、白梅が香り高くにおいいまを盛りと咲いていた。たまたまお会いできた宮司さんに本殿に参拝させていただき、事細かにご説明をいただいた。また松浦武四郎が奉納した神鏡も拝観することができた。後ろには古来から樹木の伐採が禁じられた原生林で、ご神体であり、国の天然記念物でもある與喜山が鬱蒼と聳えていた。裏参道を下り、玉鬘庵跡を抜け、素盞雄神社に参拝したのち、連歌橋を渡った。與喜天満神社は連歌発祥の地とされ、長谷寺から連歌を行う人々が渡ったためこの名がついたといわれている。宮司さんから長谷寺に参らなければ片参りと勧められ長谷寺へ。686年道明上人が開山、真言宗豊山派の総本山である。創建以来9度羅災で焼失と復興を繰り返した。現在の本堂は1650年に再建されたもので、平成16年に国宝に指定されたとあった。「花の御寺」と称されるが、桜、牡丹にはやや早い。宗宝蔵・本堂の特別拝観で本尊十一面観世音菩薩立像を間近で拝観できた。舞台に立ち、美しい五重の塔や寺内を眺め、「勢州松坂本町 奉寄附主 小津清左衛門」と銘のある巨大な香炉を見て、松坂商人の信仰の深さをつくづく思った。さらに、大講堂では「長谷寺本尊十一面観世音菩薩御影大画軸」の特別拝観にも接することができた。誠に有意義な一日であった。  
 
あららぎ古道
4月1日 伊勢古道探検ウォークシリーズ第3弾 「おひなさまの峠越え〜あららぎ古道歩き」に参加した。松阪市飯南町深野と宇気郷地区を結んでいたこの古道は、宇気郷地区の蘭(あららぎ)神社への参詣道であり、京からの伊勢参りの道でもあった。また深野からは深野和紙の行商、電信配達、宇気郷からは有名な眼科へ通う道でもあり、山ではわらびやよもぎ、萱を刈るなど両地区の生活道として重要な役割を果たしていた。集合場所の横野から歩きはじめる。今回は深野紙で作られた「おりがみびな」を「宇気郷・山里のひなまつり」会場まで運ぶという企画があるため、途中で各自「おりがみびな」を受け取る。その後、前回も通った古道を笠汲み橋を渡って深野の来迎寺まで歩き、ここからマイクロバスで神路山まで移動する。途中に「あららぎ道標」が見えた。いよいよ峠越えにかかる。歩きはじめてじきまた「あららぎ道標」があった。ところどころに石畳の道が残り、信仰道であったことを偲ばせる。クヌギ落ち葉の敷き詰められたかなりの傾斜の山坂をひたすら登る。この日はあいにくときどき氷雨の舞い落ちる天候。ついこの間まで3000m級の山にも挑戦していたはずの私だったが、70歳を越えた頃から日に日に身の衰えを感じる。それでもそんなに離れることなく登り続け、途中昼食休憩を挟んで、蘭神社一ノ鳥居跡に到着。ここを老いも若きも蘭神社めざして登って来たのかとその信仰の深さに敬服。蘭神社への道を分け、ここからはまたかなりの勾配のひたすらの下り坂。宇気郷に着き、「おりがみびな」を飾って後、「山里のひなまつり」を楽しんだ。 
旧街道
 ほとんど廃道になってしまった旧街道を探して歩くのは至難のことである。冬場草が枯れた時期をねらって、地図上でこのあたりと検討をつけたところを歩きまわり、けもの道のような街道を探す。それでもなかなか見つからない。こんな時頼りになるのはその土地の古老に聴くことである。10年以上前からそれをしているが、当時でも80歳くらいの方でないと話は通じない。これは早くしなければ語り伝えられない、残せないと気づいた。それから何人の方にお話を聞きお世話になったことか! 近年、その方々の訃報に接することが多い。今日はそのお一人、93歳であったとか。お世話になったことに深く感謝申し上げ合掌。
新作HP
・沖縄を訪ねて
 
蝦夷山桜
 かねてより気になっていた桜がある。場所は松阪の中部台公園。北海道にはたくさんあるが、気候の関係でこのあたりでは極めて育ちにくいとされる蝦夷山桜である。確認するには花を見るに限る。4月13日、この桜が満開になった。さっそく「野の花・山の花」の著書があり野生植物愛好会会員である夫の友人に来ていただいて詳しい説明をお聞きした。葉の様子、花の色や大きさ、そして何よりの特徴である花序には柄がほとんどないこと、花柄は2〜4cmで無毛等々を教えていただいた。図鑑によれば、名前(オオヤマザクラ)の由来は、ヤマザクラより葉や花が大きいこと。別名エゾヤマザクラ(蝦夷山桜)は、北海道に多く見られることによるとあった。詳しく説明していただいて蝦夷山桜であることを確信した。北海道でたくさん見たあのなつかしい蝦夷山桜が目の前に咲き誇っていた。そう、あの桜にそっくり、満開の桜に感動!! 

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