日 時 平成18年9月5日(火)
時 間 午後 7:00開演
会 場 松阪市市民活動センター
住 所 松阪市日野町788
会 費 2,000円(講演会)
茶話会 1,000円(うちの茶の間)
(木原先生と語る会)

【木原伸雄先生のプロフィール】
 生年月日 昭和12年3月1日生(69歳)
勤務先  株式会社マルコシ 〈取締役相談役)
     広島市安佐北区落合4−1−7
     TEL O82−843−9981 FAX O82−845−0392
◆創 業 昭和40年  マルコシプロパン LPガス小売業
◆設 立 昭和46年  株式会社マルコシ 増改築業
  親子農業体験塾「志路・竹の子学園」塾長
  「万縁の会・広島懇談会」代表世話人
  「地域を美しくする会」代表世話人

 ■信条
  壮(50歳〜75歳)にして学べば、則ち老いても衰えず
  老(75歳〜99歳)にして学べば、則ち死して朽ちず
                  [佐藤一斎・言志四録より抜粋]
■エネルギー源
 しごと(潟}ルコシ・相談役・人財育成担当)
 そうじ(毎日の地域清掃)
 はがき(年間4,000通)
 こども(親子農業体験塾)
 うごく(「日本を美しくする会」「中田宏と共に日本を良くする万緑の会」「地域を美しくする会」)
月刊「広島ビジネス界」の連載記事をまとめた
  〈木原伸雄のちょっと・とーく「世相・薮睨み」〉を進呈します。
  ご希望の方は下記までご連絡ください。
  株式会社マルコシ/TEL (082) 843-9981
      
                   ついに「白旗」を掲げる
                                    木原 伸雄のマンスリーメッセージ「2003年8月」から

胃がんの手術を終えてから、2回目の精密検査を受けた。最初の検診が6ヵ月目だったから、今回は定番ではなく緊急措置。実は原因不明の高熱に見舞われることが、半年間で3度もあった。
 その都度、40度近い高熱が数日間も続く。最初の発熱は、体力がかなり回復できたと自覚した6月初旬だった。かかりつけの医師の診断では「血液中にウイルスが侵入した結果」であり、原因は「よく分からない…」という説明だった。1週間ほど1日に2回の点滴治療を続けて、やっと普通の生活に戻れた。
 2度目の発熱は7月下旬。同じ症状で同じ処置を受けた。3度目は8月23日。前回より間隔が相当短くなった。しかも高熱は4日間も続き、食事も出来ない状態になった。巡り合わせの悪いことに、その4日目が「養心の会・ひろしま」の例会日であり私が講師で〈がん体験〉を話させていただく役割になっていた。
 参加申し込み者はいつもの会の数倍も…。発熱でキャンセル出来る段階ではなかった。栄養剤の点滴を受けながら、ともかく責任を果たすことが出来た。出席者には気付かれなかったと思う。
 実はこのような身体の変調は、これまでにも数度あった。病後の療養は気力で…という思いも強く、身体能力の低下を甘く見ていたようだ。多くの畏友の忠告を無視して動き回り、知らず知らずのうちに、わが身が悲鳴を上げていることに気付かなかった。
 3度も同じ「過ち」を繰り返せば、のんきで鈍感な私でも事の重大さが分かる。そのことが2回目の精密検査につながった。
 8月28日のこと、主治医の平林直樹先生から「本日より2週間から3週間ぐらい入院するように…」と言い渡され、既に手術の時間、執刀医、病室まで決められていた。検査結果の説明までに、すべてが準備されており、私としては従うほかなかった。
 言い渡しが午前11時、入院が午後1時半、手術が午後2時だから、いかに慌ただしかったか自明であろう。ここまで急がねばならなかった理由については、詳しい説明を聴いていない。それだけに釈然としない思いはあるが、CTや血液検査の結果が、主治医を慌てさせるほど悪かったのだと推測している。
 処置は、体内にたまっている「正体不明の膿」を除去することだと聴いた。手術は、背中から膿袋? まで穴を開け管を通すだけである。その管から時間をかけて、膿を体外に出してしまうのだ。この膿がゼロにならなければ、病室からは解放されない。
 
振り返ってみれば、病後の養生をすべき期間、本当に無茶な日々を送ってきたものだ。「出来ることに無理はない」と豪語し、健康時よりもよく動いた。4月などは30日間、1日も休まなかった。実働は382時間、1日平均が約13時間となる。
 5月は県外に3度も出て行った。6月からは月に1度の割合で高熱を発しながら身体を酷使し続け、周囲をハラハラさせた。
 平林先生の今回の措置は、そんな私を見抜いた上での「拉致軟禁」だったのではないか。背中に管を通しているので、自由は利かない。せいぜい本や新聞を読んだり、会社とパソコン通信を交わすくらいで、身体は完全休養の日々…。強気な私も、ここに至っては降参である。掲げた白旗を降ろせるのは、いつの日か?
 
「演題」 新しい命を与えられて 〜ガンからの生還〜
講師 木原 伸雄先生
第33回「養心の会 三重」9月例会
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