ハイドライド3(for Windows)


ハイドライド3はどうですか?[のりよし]

突然ですが、私がハイドライド3について思うことを
書き込みさせていただくことにしました。
ハイドライド3は私はとても好きなゲームです。
そのため、長文となります。しかも駄文です。ネタバレもあります。
よろしければどうぞご覧下さい。

ハイドライド3は87年の年末に出たゲームです。
ジャンルはアクティブRPGと銘打たれています。
そのまんまですが、アクションの要素を取り入れたRPGと言うことです。
物語の導入部を簡単にお話ししましょう。

妖精と人間が共存していたフェアリーランド。
しかし、人間達の生活が豊かになるにつれ、
次第に妖精達の姿は見えなくなってしまい、
遂には、人間だけの世界のようになってしまいました。
そして、ある夜を境に天変地異の起こる世界になってしまったのです。
大地に出来た大きな割れ目、遠くに飛ばされる不思議な扉、
そして、いつの間には我が物顔で徘徊するモンスター…
これらのなぞを解くため、一人の若者が選ばれたのです。

このような感じでハイドライド3は始まります。

ハイドライド3は、RPGとはいえ、アクションなので
リアルタイムにモンスターが襲ってきます。
そのため、アクションが苦手な方には少し難しいかもしれません。
また、画面スクロールはありません。
マップを移動したいときには、画面の端に行くことにより、
画面が隣のマップに移動するようになっています。
そのため、画面の端に行くことになるのですが、
いきなり画面の端からモンスターが現れてきて襲われることもあります。
また、隣のマップに移動した直後に、目の前にモンスターがいて襲われることもあります。
アクションが苦手な方でなくとも難しいかもしれません。
ただ、一度や二度攻撃を受けたからといってすぐに死ぬわけではありません。
でも、アクションの苦手な方は、
突然の攻撃に戸惑っているうちにやられてしまったり、
アクションが苦手な方でなくとも、
体力が少なくなっているときに襲われ死ぬことになるかもしれません。
多少運の要素も絡んでくるとは思いますが、
一度も死なずにクリアをするというのは難しいでしょう

当然、ハイドライド3にも、なぞ解きの要素があります。
このなぞがまたくせものです。
別になぞが不条理に難しいというわけではありません。

確かに昨今の物語主導型RPGに比べれば、難しいでしょう。
でも、まちの人とちゃんと会話をすれば、それなりのヒントは手に入ります。
では、どこがくせものなのか?

序盤、このハイドライド3では、200階建ての塔、大地の割れ目、
飛ばされる扉、封印された洞窟など、あやしいものがいくつか見受けられます。

しかし、自分が次に何をすべきかは誰も教えてくれないのです。
確かにまちの人からは、いろいろなヒントはもらえます。
でも、それはあくまでひとつひとつにたいするヒントであり、
まずはどこどこへ行け、なんてヒントは誰もくれないのです。

そりゃそうですよね、
この世界の天変地異の理由が分からないからこそ、
主人公にそれを解明する使命が課せられているのです。
まずはどこそこがあやしい、なんて分かる人がいたら、
その人が冒険の旅に出た方がよっぽど早く解決してくれそうですもの。


つづき[のりよし]

さらに、このゲームを難しくしている要素に重量の概念があります。
全ての武器・道具にはそれぞれ重さが決められています。
そして、主人公の腕力により、使いこなすことが出来る武器や
持つことが出来る道具の数だとか、制限されるのです。

しかも、この持つことが出来る重量の数については(序盤は特に)シビアです。
回復アイテムをたくさん持っていくことは出来ません。
武器を複数所持し、場合により使い分けるなんて事も出来ません。

しかも、ダンジョンの途中で拾ったアイテムが、
重量制限に引っかかり、泣く泣く捨てるなんて事も…。

そういえば、このハイドライド3には時間の概念もあります。
夜になると次第に眠たくなり、力も出せません。
お昼に食事をとらないとお腹が減ってきて、衰弱していきます。
しかも、回復アイテムと食事のアイテムはそれぞれ別の道具なのです。
これも、このゲームを難しくしている要因になっているのかもしれません。

しかし、これらの要素は、
裏を返せば、やりがいのあるゲームだといえなくもありません。
別に不条理な設定がされているわけではありませんし、
納得できるものになっています。
解きがいのあるゲームになっているといって良いのでしょう。
でも、万人にすすめられるゲームでないことは確かです。

でも、こんなハイドライド3でも、私は大好きです。
ほねのあるなぞ解き? いいえ。
ある種ストイックなシステム? ノー。
その単純なアクション? ちがいます。

それはその音楽です。


つづき2 [のりよし]

ハイドライドシリーズは、もともと音楽に関しては弱いです。
1は何とかBGMらしきものがありますが、
2にはBGMと呼べるものがありません。
制作会社のT&Eソフトは、2の発売時に
「これ以上何を望むのか?」といううたい文句で広告を打ちました。
果たして、アンケートはがきには「FM音源を望む」と言う声があったそうです。
そこで、3には立派なBGMがつくことになりました。

ところが、悲しいかな、音に関しては、
当時同時期に発売されたライバル会社・ファルコムによる
イース2の方に、はるかに負けていました。
イース2の音楽は完成されていると言って良かったのです。
それと比べると、ハイドライド3の音楽は未完成と言わざるをえませんでした。

ですが、それがよかったのです。
未完成と言っても、
別にその場に不釣り合いのBGMを流していたのではありません。
ただ、手を加える余地がまだあると言うだけなのです。

つまり、その不完全な残りの部分を自分の頭の中で勝手にアレンジすることが、
そして勝手に想像することが出来たのです。
もちろん、自分の都合良く!

そのせいか、Win用に移植されたハイドライド3のアレンジバージョンを聞いても、
ちっとも良く感じませんでした。
まぁ、当時のゲームの音楽は、その性能上、
ほとんどがそのような感じでしたが。
普通に聞く分には何ともなくとも、
オーケストラバージョンを聴くだけでオォッとなりました。
この場合は、そのゲーム音楽と言うより
オーケストラの方がすごいだけなのでしょう。

ところで、ハイドライド3の良いところは音楽だけではありません。
前述したとおり、当時のゲームの音楽は
パソコンだろうが、ファミコンだろうが、このような未完成な音楽だったのです。
それでは、何がすばらしいのか?
それはそのストーリーです。


つづき3[のりよし]

ストーリーと言っても、
なぞ解きが楽しいとか、多くの敵と一人で戦うのがおとこらしいとか、
そんなことをほめているのではありません。

何よりそのエンディングです。
ハイドライド3のラスボス(ガイザック)は、このフェアリーランドの創造主です。
ガイザックがいなければ主人公は生まれてきていないわけですから、
ガイザックは、いわば、主人公の親と言っても良い存在なのです。

このハイドライド3の目的に、
フェアリーランドの天変地異の原因を探るというものがありますが、
フェアリーランドの創造主自らがその原因を作っていたと言うことになります。
ガイザックの前にやってきた主人公は、当然その原因をなくす、
つまり、創造主であるガイザックを倒してしまわなければならないのです。

創造主を倒すと、画面は真っ暗になります。
当たり前ですよね、その世界の創造主がいなくなってしまったのですから。
しかし、主人公は生きています。
いっしょにつれてきた妖精と二人ッきりで…。
途方に暮れる主人公に妖精は言います。
フェアリーランドを思い描いてって。
主人公は妖精が飛び交う緑豊かで平和なフェアリーランドを思い描きます。

すると、どうでしょう、
目の前には新たなフェアリーランドが、
主人公が自分で思い描いた平和で美しい
フェアリーランドが現実のものとなるのです。
そしてこれからは、
主人公がこの世界の新たな創造主となり、
新たなフェアリーランドを築き上げていくのです…


おわり[のりよし]

このハイドライド3は、いわゆる死と再生をテーマにしています。
これ自体はありふれたテーマです。
別にハイドライド3がオリジナルというわけではありません。
その意味にはいくつかあると思いますが、
私はハイドライド3の場合、子供が大人になるための物語だと思っています。

子供は、生まれたときから親により守られています。
そして、子供も親の言うことをききます。
子供は親の世界に生きていると言って過言ではないのです。
しかし、子供にはいつしか自我が芽生えてます。
自分でも、物事について考え、判断をするようにもなるのです。
今までは、親の言うことが全てだったわけですが、
これからは自分の意見も持つようになります。

つまり、子供にとっては、今まで親が作ってきた世界が、
一変して異世界に感じられるということです。
こうなったら、新たな自分なりの世界を創るしかないのですが、
そう簡単に話がスムーズに行くとも限りません。

何しろ自分の世界を確立するためには、
親が自分に創ってきた世界を一度ぶちこわして、
そのうえで、自分なりの新しい世界を創り、直さなければならないのですから。
必要以上にエネルギーを使うでしょうし、
うまく創り直すことが出来るかどうかも分かりません。
子供にとっては大人になるための最大の試練といえるのかもしれません。
それを、疑似体験させることにより、少しでも容易に出来るようにさせている。
これがハイドライド3のテーマだと私は考えているのです。

これは、数ある大人になるための一つかもしれません。
しかし、大事なテーマであることにかわりはありません。

ゲームをプレイするのはいろいろな人たちです。
でも、子供がプレイすることも多いでしょう。
どうせ同じゲームなら、子供のためになる要素を入れて置くに越したことはないでしょう。
それが、ハイドライド3には大いに感じられるのです。

このようなことから、私はハイドライド3が大好きです。
ぜひ、大人になりたい子供におすすめしたいものです。

以上が、私がハイドライド3について思うことです。
ほんとに長文で、駄文ですね。
ここまで読んで下さった方がいらしたのなら、お礼を申し上げます。
それでは、いいかげんこのへんで。