爺の気まぐれ通信

きょうは:

07/23 空蝉

今夏も蝉ラッシュで、狭い我が家の庭で12匹分を見つけました。

「大暑の陽に 爺はよろよろと 布団干し」(爺)


07/22 除湿

また今夏もエアコンと苦闘しています。28℃に設定して室温も28℃になるんですが、それが寒く感じたり、暑く感じたりします。快適だ、と安定しません。夜間も点けっぱなしです。すると寒くて目覚めたり、暑くて汗びっしょりだったり。とにかく手間がかかります。なんとかならないでしょうか、と言うことです。

AIに尋ねたらエアコンの「除湿」があります、とのこと。冷房と暖房の切り替え以外に除湿があることを教えられました。早速除湿にしてみると、「湿度50%」に自動設定で、動きます。しばらくすると湿度が下がり、肌触りが快適に。ところが室温がどんどん下がり26℃になり、寒さに我慢ならず「切」。湿度が50%になるまで室温に関係なく稼働し続けます。AIもその時は「冷房」に戻すんだそうです。湿気を取りたいとき、室温を素早く下げたいときに有効で、便利な選択肢を得たことになります。

起きているときは手間がかかっても自分で調整できますが、睡眠中はそうはいきません。エアコンは冷風の風向きの上下方向と左右方向、それに風力が手動で変えられます。そのため風向を上向き、かつ左右はまっすぐで、風量は弱にします。これで夏蒲団一枚を腰まで掛けて寝ます。これで最長4時間連続で寝られました。今までの試行錯誤の中で一番の好成績です。

熱中症で亡くなる高齢者のうち、エアコンがあるにも関わらず、使わない人が多いとのニュースを見ますが、使い方が分からないやうまく使えなくて諦めた、寒くて使えないではないでしょうか。メーカーの奮闘に期待しますね。売ったら終わりではなく、役立って貰わなけば次がありません。(11:21)

「夏バテの 爺はあまさけ 拝み飲み」(爺)


07/21 水道が冷たい

今日は体温並みの34℃超えで最高でした。冷蔵庫も外壁はちんちんで触れません。今日もエアコンが頑張ってくれているので生きています。

例年水道が湯沸かし器のようになるのですが、今年は冷たさを保っています。当地の水道は遠い山の、大きな川の上流のダムから引いています。水源から蛇口まで相当の距離があり、水温が上がるのにはタイムラグがありましょう。それを勘案すれば水道水の水温は上げるはずです。水道水の温度は、飲むにしろ体を冷やすにしろ大きな影響を与えます。夏の真っ盛りに水道が冷たいとホッして生きこごちを取り戻します。ずっと地下を通れば冷たいままでしょうが、水道管が陽に当たれば湯になりましょう。ルートの問題でしょうが詳しい事は全然わかりません。このまま冷たい水道を祈るばかりです。(22:00)

「猛暑日や 喫茶店へ這い込む 高齢者」(爺)


07/20 梅雨明け

爺の勘による当地の梅雨明けは16日と宣言、気象庁の東海地方の梅雨明け宣言は今日でした。梅雨明けと共に猛暑到来で、県下各地で35℃超えの猛暑日、最高気温を記録しました。明日はまた36℃の予想。熱中症を心配して終日クーラーの効いた部屋でテレビ番。でも運動不足であちこちに痛みが。(21:15)

「ゆく夏や 山は越えたか 峠はまだか」(爺)


07/17 空蝉

梅雨明けと共に蝉の脱皮が始まります。昨日3匹見つけ今日2匹、凄いハイペースです。長い間土の中にいて、やっと這い出して木に登り枝先に向かいます。背中が割れて脱皮すると、自身の重みで落ちるのを利用して殻を離れると同時に飛び立ちます。うまくできています。飛び立った蝉(せみ)は残り少ない短い命です。人間と同じです。去年の蝉の抜け殻もまだしっかり金木犀の枝先に残っています。人間は抜け殻(空蝉)も残せません。だから"あくせく"するのかも。(20:20)

「夕立ちや 春の小川は 排水路」(爺)


07/16 暑いですね

暑い日が続きます。今夏最高気温34.0℃(室温)を記録しました。一日中冷房かけっ放しで平均28℃の部屋にいます。ここしばらく一日中時々陽が当たり、外へ出られません。そのせいで運動不足のため目に見えて体力を落としています。今や転倒を心配しています。家の中で運動するようにしていますが、根が運動嫌い、恥ずかしながら微々たるもので効果ゼロです。(15:30)

今朝庭を見ていて気付いたのは、バランの葉がわずかに振れていることです。昨日までビクとも動かなかった庭木の葉のうち地面に近いバランの葉のみが、風を受けたように動いていました。空を見ると晴れ、梅雨明けを確信しました。すると梅雨明け十日は猛暑になる、を思い出しました。これは大変だ。(07/17 15:45)


07/12 羽黒トンボ

ここ三日、30℃を越える真夏日が続き、本格的な夏の到来です。体調に気遣いしてクーラーを入れずガマンしていましたが、熱中症になっては大変と思い直し冷房イン。28℃に下がると楽ですね。コロナ以後日本の夏は熱帯並みの異常な暑熱の季節になりました。夜になっても下がらず、夜中も付け放しになりそう。心配した電気代も去年など家計に耐えられる水準、ホッ。

陽が沈み暑さも納まる夕食前、鉢植えの土が乾いて久しぶりに水やりです。するとなんと羽黒トンボが飛んできて、爺の回りを飛び回ります。今夏初めてです。うれしくなってトンボに水やりとばかりに庭全体に十分に水撒きします。庭の木々が夕立の如く濡れると、羽黒トンボもどこかへ。生き物が現われると元気が出ます。

「今日もまた 雀を見ない 夏日和」(爺)


07/07 七夕

夏風邪はしつこい、バケツ一杯の鼻水が出ても中々治りません。でも熱は下がり咳も治まり気味。食欲はあるし睡眠も取れています。気温が25℃と落ち着いているからで、去年の七夕と比べても3℃も低いです。

「うつくしや障子の穴の天の川」(小林一茶)でも、今夜は生憎雨はやんでも梅雨空で、見られそうにありません。この句は50歳の頃、善光寺門前町の門人宅で、療養中に詠んだものだそうです。塞ぎ込んだ寝間で、破れ障子に発見した天の川は、殊のほか美しく見えたのでしょう。(15:30)

「見ようにもビルが遮る天の川」(2026/07 爺) (19:43)


07/06 つゆ


07/03 う~ん痛い

齢行って高齢者ともなると病気になったり体調が悪くなったりします。高齢者時代と言われても、高齢者は自分の病気について多くをしゃべりません。だから自分の身に何が起きたのか様子が分からず不安が募ります。だからすぐ医者に掛かります。あるいはネットサーフィンで情報をあさります。そして何ほどかの知識を得て安心します。でも医病院は多忙で混雑、ネットは宣伝ばかり。どうして信頼できる情報を得るか、です。

信頼できる医師に恵まれたときはそれでよし。でも親身になってくれる医師はなかなか出会えません。そんなとき今の時代はネットのAIを使うのも一手です。でもこちらも常に百%正しいとは言えませんと、AI自体がそう言ってます。ではどうするか。情報の発信元が信頼できるか否かにかかってきます。信頼できるか否かは、誤報のあった時の訂正の早さと正確さです。どんな信頼できるマスコミでも医療情報誌でも誤報はつきもの、問題はその処理です。それがキチッとできるなら情報に責任を持っていると言えます。次に大事なのは誰が書いているか、です。実名で著者が明記されていることです。社会的に信頼された著者ならならまず間違いないでしょう。

ここ半年、朝目覚めたときあばら骨が痛いのです。「何だこれは」です。様子を見るも痛さの強弱はあれど痛いのです。こんな時まず思うのは重病の兆候ではないか、不安に駆られます。でもその割には対策は簡単なことからで、敷き布団が薄いのか、枕が合わないのか・・と悩みます。しばらくすると痛みが弱まると、このままいけるか、と楽な方に傾きます。そうした時評論家の樋口恵子さんが、「90代ともなると体中が痛い」が目に留まりました。「あーそうなんだ、みんな痛いのだ」と」分かり、腰痛で慣れている痛みとの仲良し作戦で良いんだ、と解決しました。年寄りは隠さず自分の病気、治療などを公表すべきですね。(23:30)


06/28 ふらつくのが当たり前

季節外れの台風が災害なく過ぎ、いつもの梅雨空に戻りました。湿度計はいつも75%以上でうんざり。冷蔵庫から出したペットボトルにたちまち水滴がついてボタボタ、テーブルも水浸し。湿度が高いせいか夜中に何度も目が覚め、ぐっすり眠れず。ここしばらく寝不足気味でボヤッとしてます。

持病化したふらつきは結局原因は分からず、加齢のせいとやぶ医者並みの見立てでひたすら辛抱です。ふらつき具合が、病後の病み上がりの状態に似ていると気づき、調べました。病み上がりは病気が治った後のことなので、なかなか求める医療情報に当たりません。ところが最近、病み上がりは元の体の戻ったと言う事ではなく、まだその途中だと指摘するブログに当たりました。病後は病気との戦いで体力を消耗し、体を調整している脳や神経も疲弊している、その状態が病み上がりで、治癒の途中です、とあった。卓見で目を開かれました。

さすれば今の症状を治すことに腐心するより体力の回復が優先です。栄養の補給や睡眠等の休養、そして動ける範囲で体を動かす事です。体力なければふらつくし、睡眠不足ではふらつくのが当たり前。この原点に返って気を付けてみたいですね。(22:40)

MEMO: 当たり前のことを異常と思うことから病気になる。病気はすべて正常な自然現象である。異常なのは人間の方である。


06/23 文字が小さい

最近急に新聞・雑誌やスマホの文字が読みづらくなってきた。文字自体が小さくて判読不能なのである。もちろん老眼で老眼鏡をかけている。文字の大きさが小さくなったわけではない。これまで同じ新聞の文字が小さくて読みづらいと言うことはなく、老眼になる以前と同じ感覚で普通に読めていた。亡父や妻も老眼で、いくつかの老眼鏡の果て虫メガネ(ルーペ)で新聞などを読んでいた。高齢者にはありふれたことだ。その二人の口癖が「部屋の明かりが暗い」だった。ところが部屋の広さに対して、当時の蛍光灯で最高のワット数の電灯で、不自由のない自分には十分すぎる明るさで、首を傾(かし)げていた。

机にはLEDの電気スタンドがあり、現在節電で絞って使っている。この光を最高にしてみた。パーッと明るくなって、なんと新聞が良く読める。文字が小さいという感じも消えて、くっきりと見える。長年の疑問が一気に解けた。白内障が気づかぬ程度に進んでいたのだ。水晶体の濁りが進んで光を遮り、極端に言えば暗くて見えなくしていたのだ。二人の部屋が暗い! の指摘はもっともだったのだ。いつの間にか爺の眼も二人の白内障に追いついたのだ、残念ながら。そうならジタバタしても始まらない。当分このまま電灯とスマホの画面を明るくして白内障の濁りに抗していこう。(22:09)


 

06/22 生活不活発病

一日中どんより曇って時折小雨が、という天気。気温は25℃。こんな日は外へ出たくても出られない。テレビを観たり新聞を読んだりスマホを見たりでほとんど動かない。30分も同じ姿勢で動かないと、次に動く時に体の節々や筋肉が痛い。そのためにさらに動くのが億劫になり、一日中腰掛けたり寝そべって同じ姿勢でいると、筋力が低下したり関節に痛みがくる。こうなると何をするのも嫌になる。つまり寝たきり予備軍である。これを生活不活発病と言うとか。言い換えれば廃用委縮です。心肺機能や消化器機能が低下し、筋肉が萎縮し自律神経が不安定になり、もうほとんど病人です。

問題は若いときには起きなかったことです、70代以前までは。一日中パソコンをやっていても、それで体に何らかの不都合が生じたなんて事は全然ありません。だからこの加齢による変化に気づかずにいると、本当に廃用委縮して病人になるか、年のせいと放っておくと取り返しのつかないことに。生活不活発によって生じる一番のダメージを受けるのは、筋肉が痩せ細ることです。体重は減らないのに筋肉が無くなります。筋肉が落ちると力がなくなる以上に筋肉が持つ生命を保つ生理現象(主として貯蔵庫)が維持できなくなり、命に直結する病気になることです。だから目覚めているときは、極論すればバネ仕掛けの人形のように常にバネを巻いて動いていないと倒れます(休憩は15分くらいか)。ただ動くと言っても体操や運動でなくても家の中を掃除するとか、いや歩くだけでもいいと言う。

爺が歩行困難になって買物にも不自由しているのは、2月に坐骨神経痛になって一カ月近く生活不活発を余儀なくされたからです。筋肉が無くなるとガクッと体力が落ちます。今また猛暑に向う折柄、思わぬアクシデントやストレスに見舞われる恐れ大、その際この視点で気を付けてください。(22:25)


06/20 固定電話

ついに我が家の固定電話解約、撤去。携帯電話に追われたように見えるが必ずしもそうとも言えない。有線には有線の利点と信頼がある。通信会社がそれを生かす意欲も知恵もなかったように思う(政治の責任もあるが)。それに変わり身が早い日本人の気質が拍車をかける。10年ほど前、別の電話を解約したが、その時に既に電話会社の営業所は鎖錠されていて人けなし(現在もそうだが)で、途方に暮れた。客との対面接点を遮断しておいて、この会社が利用者をお客様と呼んでもウソだ。無機質な機械を設置しているだけ。これでは会社が残れる訳がない。

我が家にも電話が引けたときの感動は今でも忘れられない。長い間ありがとう。(18:08)


06/19 キターッ夏

二日続けて30℃の真夏日、夜は28℃の熱帯夜、湿度はいつも65-70%。本格的な夏がやってきた。昨夏は盆過ぎまでなんとか凌いでいたものの、コロナにやられてダウン、恥ずかしながら救急車に2回も助けられた。9月になってからも歯医者の通院の帰路に一時歩行困難に。また冷房のある公共施設に飛び込んで、職員さんに助けられたこともあった。憂鬱どころか命がけの季節だ。老化とは猛暑などのアられクシデントに対抗できない状態、を地でいった。どうするか、何ら解決策もないまま夏が終わっている。

救急車の点滴とは結局水分を体に注入することだ。冷蔵庫にはOS1、外出にはペットボトルを持ち歩いていて、水分が足りないとは思ってもいなかった。依然として足りない乃至(ないし)発汗作用が追い付かず過熱する体温を抑えきれないのかも。とすれば真夏の外出はできないことを示している。ネット記事でも、高齢者の外出は自粛するようになっている。これがひとつの対策だ。やっと27℃まで下がってきた。寝るか。(04:40)


06/16 壮麗の花

季節外れのシンビジュウム、3年半前の写真です。こんなに見事に咲いた花も手入れをしないと、去年はとうとう花着かず。今年は咲かそうと植え替えてみました。曇り空でムシムシ、しゃがむと立ちあがるのが難儀、庭の草引きもして汗かきました。再びきれいに咲いてくれるかお楽しみ。(14:43)


06/14 あんなことこんなこと

物心ついたころ、この世に砂糖はなかった。戦争中で砂糖は皆無で流通せず、調理の甘味料はズルチンやサッカリンという化学調味料で代用していた。家の狭い庭に砂糖キビを植えて、大人の背丈ほどになると、鎌で刈り取って硬い皮(ヘタすると手を切った)を剥き、軸の甘みを吸い取った。これが巧くできるようになると子供も一人前だった。みんな甘味に飢えていた。

小学生になるころやっと世間に砂糖が出回るようになった。白砂糖の白さに驚き、微かに甘いだけの化学調味料から解放された。その嬉しさと成長の証に、従弟(いとこ)と子供二人だけで景色のいい伊勢湾の遠浅の海岸で「砂糖弁当」を食べることになった。家の裏に電車が走っていて、いつも見ている電車から逆に従弟の家を見る経験に大騒ぎ。一時間ほど乗って、駅から砂浜の野原を15分ほど歩いて松の繁る海岸へ。広大な海が広がり文字通りの別世界だった。当時出回りだしたブック型のアルミの弁当箱にご飯を敷き詰め、その上一面に白砂糖を振りかけたもの。今なら敬遠ものだが、子供だけの初めての電車旅と、大量の砂糖に感涙だった。だが昔話の折に従弟に確認したが記憶がないという。記憶とはそういうもんだ。そして従弟は左党に、爺は甘党に。(20:31)

そうそう、この電車、元々は複線だったが戦争遂行のための鉄供出で単線になっていた。レールのなくなった片側の線路後に、父を含む近所の人がさつま芋を植えて、食糧の足しにしていた。(20:45)


06/12 廃用委縮

最近気に付いたのが足の親指の爪が小さいことである。以前(少なくとも70代)はもっと大きくてがっちりしていたように思う。爪ももっと厚くて切り甲斐があったように思う。なんと加齢のために指の爪まで小さくなるんだ、と驚いている。

歩く距離が短くなり遅くなり、力が加わる走りや飛び跳ねがなくなり、重い物を持ち支えることもなくなった。足に加わる力がうんと小さくなった。太い足も大きな爪もいらなくなっていたんだ。人間の体も使わないと"委縮"していく典型である。今でも使っている足自体も待ってはくれず、同じ勢いで委縮しているか。道理で歩行困難になってきたはずだ。

高齢者向けのネット記事は「動け、歩け、運動せよ」と啓発記事であふれているのもむべなるかな。だが動くと体の節々や筋肉が痛む。運動した明くる日はダウンだ。痛みがあれば休む、で元の木阿弥。プロのリハビリを頼るのも爺には面白くない。しばらく格闘です。(22:45)


06/10 諦めず

夕方公園へ散歩に出たら、珍しく4羽のつばめがスイスイと飛び交っていた。田んぼは消毒され畔(あぜ)は草を刈られ、餌となる虫は少なかろう。つばめにとって久しぶりの故郷は厳しい風景。

高齢になると便秘になりがち。記録を見ると80代になったころからしきりに気にしている。それ以前は便秘することはあっても一過性で、しつこい便秘は老齢化と共に始まった。体力が落ちてきたのもこのころだ。85歳になると漢方便秘薬を服用している(現在は顕著な効なく中止)。現在は病的というほど悪くはなく、他の老化現象と同じで「こんなものか」で折り合っている。若いときの便秘と老後のそれは違う。

若いときは大腸から直腸へと文字通り消化した食物の詰まりだが、老後の便秘は出口に近い直腸と肛門付近に詰まって、水分を摂られてカチカチになる。若いときは便が溜まる便秘だが、老後は便が栓になって出ない、という様相。なぜそうなるのか、理由はいろいろあるが便意(神経)を感じ難くなるのが第一のよう。弱くなった便意に気づかず、排便を逃がしてどんどん溜まっていき、古くなって硬くて出難くなる。

気付かぬものに気づけは難しいが、朝食後が腸が動き出すタイミングであり、排便のサインも出やすい。これを逃さないように習慣づけることだという。また腸が動いて微かでも出そうなときは何をしていても最優先で「処理に当たれ」です。慌てて空砲のときもあるが仕方なし。(18:41)


06/07 避けられぬ老化

テレビを観たり、新聞を読んだり、PCを操作したり、飲み食いしたり・・、一日のうち動かない時間が圧倒的に長い。そしてジッと座っている時間から次に体を動かすときになると、筋肉や関節などあちこちが痛む。去年まではこんなことはなかった。多少座る時間が長くても(30分以上)、そのために体が痛むなんてことはなかった。それに最近とみに体を動かす用事が少なくなってきた。ジッとしていても一日済んでしまう。

食べる物は質量とも以前と変わりない。寝られず睡眠不足のときもある(特に暑いとき)が、ほとんど変わらず7時間前後は寝られている。でも歩行能力は速度が落ちたうえ(3km/h前後)、わずか連続300mほどの歩行で休憩、物を持ち上げると布団まで重い。体重は変わらないのに脚尻や腕胸などの筋肉が無くなっている。明らかに老化現象が進んでいる。しかも85歳の今年になって加速度的に。65歳を過ぎてじわじわとくる老化は、80歳代で凄い速度で迫ってくる。

AIに問うてみた。80歳台になると個人差が開き、老化でヨボヨボの人とシャンとした人に分かれてくると。元気でいるためには、70代と同じように良く動きよく食べよく寝る・・ことです、とある。それが出来なくって来ることには、そう言うものだと知ったうえで、なおかつ努力せよ、という事のようです。チコチャンに「ボーッと生きてるんじゃねよ」と言われないように。(17:53)


06/06 生き物の滅亡

散歩に行くいつもの公園で白化したアメリカザリガニを見た。従来は捕食しなかったカラスが食べているのを去年まで何度も見た。そしていつも居た水辺の場所にアメリカザリガニの姿を全然見かけなくなった。餌のなくなったカラスが飢えてザリガニまで食べたのだ。雀や鳩も極端に少なくなった。昆虫や名も知らぬ野の虫もトンといなくなった。誰かが自然の川に放った鯉まで少なくなった。鯉色だけ残って赤白は全滅。

こうした生態系の異変の中でアメリカザリガニが公園内の草むらで白化していたのだ。カラスや他の上位強者に喰われることなく、奇跡的に生き延びたザリガニが死んだことを意味する。ほとんど飢え死にだろう。こうなるとその種の全滅しかない。延長線上には地球上の生命の枯渇だが、指摘するネット記事を見たことがない。これこそ人類の危機ではないか。(23:24)


06/04 葉蘭(ハラン)

庭に葉蘭があります。寿司の盛り付けについているバランのあの葉っぱの植物です。葉が枯れる、また枯れたように茶色の筋が入ると根元近くで切っていました。すると翌年の春に土から新芽が出てきます。新芽は切ったものより増えているので、こうやって増やすとばかり思っていました。ところが昨年末、庭師さんが地上10cmほどの部分で刈っていました。それから半年は茎だけの無様なバランになりました。

ところが最近になってちょん切られた茎から、緑色の茎がグングンと伸びてきました。どうゆう現象なのでしょう。なんか茎の数も増えているように見えます。不思議な感じです。正式な剪定はこうするのでしょうか。それに葉蘭の見本写真を見ると、何本(10本くらい)もの茎が集まって繁っています。庭にパラパラ植わっているのとは違う印象です。濃い緑色のきれいな葉で、一年中楽しめます。さらに調べてみたいと思います。(21:05)


06/02 珍しいアジサイ

近所の園芸趣味の知人から見事なアジサイを頂きました。アジサイは日本の固有種で、今年も新種がたくさん作られたと、テレビで報じていました。これほど赤い花は珍しいですね。挿し木にしたらと勧められましたが過去に失敗ばかり。もう一度トライしてみますか。(18:02)


06/01 台風6号

夜10時のニュースを見ています。台風6号が沖縄を直撃とか。激しい雨の様子が映っています。梅雨の6月も台風の月になりましたか。異常気象で季節感はガタガタ。と愚痴ってもどうにもならず、植え替えたばかりの植木鉢を物置に入れ、ゴミ箱などもブロックを重しに押さえました。雨が順調に流れることを祈るばかりです。

また歩行障害の話で恐縮。1日おきに買物に行くスーパーまで 850mを20分かかっていたのが、今日はさらに遅く何と往復とも各30分。ところが歩く速度は3.1km/hで、亀のように異常に遅い訳ではない。横断歩道を青信号で渡り切るに必要な設計速度が3.6km/hとか(0.1km/h不足で轢かれてる?)。つまり秒速1m。普通に歩いて所要12分のスーパーまで、20分かかっていた、それが今はさらに30分かかっている、航続距離が短くて途中で休むから、という話。医学的には連続して20分歩けないと治療します、という。つまり秒速1mから20分で1.2kmが連続して歩けるか否かの問題。爺にはその日の調子によって無理だから、治療対象・・。通常、タクシーかシニアカーなどの使用になるところだが、なんとか亀と競争。老人はシンドイね。

嵐の前の静けさか、シーンとしている。(23:41)



宮津徳也 https://www.mctv.ne.jp/~kawai/