
古代史の森
日本の古代史は大きな錯誤の中にある。八世紀初頭の大和王朝成立までは、筑紫・肥後・大和の地域王権が、倭王の地位と列島の覇権を巡って、縄目の如く争った歴史である。その史実を内外の史料から明らかにする研究過程と成果である。歴史に関心のある一般市民に、新しい古代史像を提言する。
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CONTENTS
- ▼ [ 古代史ノート ]
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- 古代史全般にわたり、興味ある論点や話題の情報を分析して、筆者の立場から思いつくままに書き留めています。斬新な視点から通説に挑戦します。
- ▼ [ 方丈日記 ]
- 筆者の個人的な日記です。光陰矢の如き日々、過ぎし日を確認するために。
四畳半(方丈の間)の書斎から名付けて・・Coffee break !
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過去の方丈日記です。
- ▼ 古代史の論点
- 日本の古代史の内、文献の存在する紀元前後から、古事記・日本書紀が成立する八世紀初頭までを対象に、古代史上の論点に新たな見解を提示する。古代史上の謎または不明とされてきた史実はあまりにも多い。関東以西が統一され、ひとつの王権(王朝)によって統治されるのは七世紀末である。それにも関わらず大和王朝あるいは九州王朝が一〜三世紀に成立した、との前提に立つからである。中国の史書が記録した倭国三王権の史実によって解明する。
- ▼ 資料
- 古代解明の根拠となる内外の史書や参考文献、金石文などを収録している。原文のものと稚拙ながら訳文のものがある。
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- [ 古代史の論点・全般 ]
- 古代史全体に通じる諸問題について検討する。
- [ 古代史の論点・二世紀以前 ]
- 東アジアの東端に、おぼろげながら委奴国・倭国が姿を現す。
- [ 古代史の論点・三世紀 ]
- 倭の国と狗奴国が卑弥呼を共立する。三世紀末には狗奴国男王の大倭(tai)国となる。
- [ 古代史の論点・四世紀 ]
- 九州を統一した倭の国の皇子倭建(waken)が近畿へ遷都し、美濃国以西を統一して倭国成立。異母弟の若建王が成務天皇として近江の高穴穂宮で統治。大臣の建内宿禰が、神功を擁してこれを壊滅させる。成務の遺児の須賣伊呂王統と、建内宿禰の子の仁徳王統が並立する。
- [ 古代史の論点・五世紀 ]
- 筑紫国の倭国王統が倭王位を奪還して、中国宋王朝に朝貢し授号を請う。倭の五王である。近畿では二王権の対立・抗争が続く。
- [ 古代史の論点・六世紀 ]
- 三世紀の邪馬台国の後裔、肥後の大倭(tai)国が台頭し、近畿倭国と連携して、筑紫倭国と激しい戦いを繰り広げる。中国は南北朝時代、列島はこの三大勢力に収斂され、列島統一へ向け動き出す。
- [ 古代史の論点・七世紀 ]
- 肥後国の大倭(tai)国は近畿王権を統属し、滅亡した南朝陳王朝に代わり、中国を統一した北朝系の隋王朝・唐王朝に遣使し、対等外交を目指す。大和王権は大倭(tai)国に附庸しながら遣隋唐使を派遣。
- [ 古代史の論点・八世紀 ]
- 準備中
- [ 漢史書 ] [ 国内史料 ] [ そのほか ]
- [ 掲示板(-2011.03.04) ] [ 注釈・用語解説 ]
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