爺の気まぐれ通信

06/07 避けられぬ老化
テレビを観たり、新聞を読んだり、PCを操作したり、飲み食いしたり・・、一日のうち動かない時間が圧倒的に長い。そしてジッと座っている時間から次に体を動かすときになると、筋肉や関節などあちこちが痛む。去年まではこんなことはなかった。多少座る時間が長くても(30分以上)、そのために体が痛むなんてことはなかった。それに最近とみに体を動かす用事が少なくなってきた。ジッとしていても一日済んでしまう。
食べる物は質量とも以前と変わりない。寝られず睡眠不足のときもある(特に暑いとき)が、ほとんど変わらず7時間前後は寝られている。でも歩行能力は速度が落ちたうえ(3km/h前後)、わずか連続300mほどの歩行で休憩、物を持ち上げると布団まで重い。体重は変わらないのに脚尻や腕胸などの筋肉が無くなっている。明らかに老化現象が進んでいる。しかも85歳の今年になって加速度的に。65歳を過ぎてじわじわとくる老化は、80歳代で凄い速度で迫ってくる。
AIに問うてみた。80歳台になると個人差が開き、老化でヨボヨボの人とシャンとした人に分かれてくると。元気でいるためには、70代と同じように良く動きよく食べよく寝る・・ことです、とある。それが出来なくって来ることには、そう言うものだと知ったうえで、なおかつ努力せよ、という事のようです。チコチャンに「ボーッと生きてるんじゃねよ」と言われないように。(17:53)
06/06 生き物の滅亡
散歩に行くいつもの公園で白化したアメリカザリガニを見た。従来は捕食しなかったカラスが食べているのを去年まで何度も見た。そしていつも居た水辺の場所にアメリカザリガニの姿を全然見かけなくなった。餌のなくなったカラスが飢えてザリガニまで食べたのだ。雀や鳩も極端に少なくなった。昆虫や名も知らぬ野の虫もトンといなくなった。誰かが自然の川に放った鯉まで少なくなった。鯉色だけ残って赤白は全滅。
こうした生態系の異変の中でアメリカザリガニが公園内の草むらで白化していたのだ。カラスや他の上位強者に喰われることなく、奇跡的に生き延びたザリガニが死んだことを意味する。ほとんど飢え死にだろう。こうなるとその種の全滅しかない。延長線上には地球上の生命の枯渇だが、指摘するネット記事を見たことがない。これこそ人類の危機ではないか。(23:24)
06/04 葉蘭(ハラン)
庭に葉蘭があります。寿司の盛り付けについているバランのあの葉っぱの植物です。葉が枯れる、また枯れたように茶色の筋が入ると根元近くで切っていました。すると翌年の春に土から新芽が出てきます。新芽は切ったものより増えているので、こうやって増やすとばかり思っていました。ところが昨年末、庭師さんが地上10cmほどの部分で刈っていました。それから半年は茎だけの無様なバランになりました。
ところが最近になってちょん切られた茎から、緑色の茎がグングンと伸びてきました。どうゆう現象なのでしょう。なんか茎の数も増えているように見えます。不思議な感じです。正式な剪定はこうするのでしょうか。それに葉蘭の見本写真を見ると、何本(10本くらい)もの茎が集まって繁っています。庭にパラパラ植わっているのとは違う印象です。濃い緑色のきれいな葉で、一年中楽しめます。さらに調べてみたいと思います。(21:05)
06/02 珍しいアジサイ
近所の園芸趣味の知人から見事なアジサイを頂きました。アジサイは日本の固有種で、今年も新種がたくさん作られたと、テレビで報じていました。これほど赤い花は珍しいですね。挿し木にしたらと勧められましたが過去に失敗ばかり。もう一度トライしてみますか。(18:02)
06/01 台風6号
夜10時のニュースを見ています。台風6号が沖縄を直撃とか。激しい雨の様子が映っています。梅雨の6月も台風の月になりましたか。異常気象で季節感はガタガタ。と愚痴ってもどうにもならず、植え替えたばかりの植木鉢を物置に入れ、ゴミ箱などもブロックを重しに押さえました。雨が順調に流れることを祈るばかりです。
また歩行障害の話で恐縮。1日おきに買物に行くスーパーまで 850mを20分かかっていたのが、今日はさらに遅く何と往復とも各30分。ところが歩く速度は3.1km/hで、亀のように異常に遅い訳ではない。横断歩道を青信号で渡り切るに必要な設計速度が3.6km/hとか(0.1km/h不足で轢かれてる?)。つまり秒速1m。普通に歩いて所要12分のスーパーまで、20分かかっていた、それが今はさらに30分かかっている、航続距離が短くて途中で休むから、という話。医学的には連続して20分歩けないと治療します、という。つまり秒速1mから20分で1.2kmが連続して歩けるか否かの問題。爺にはその日の調子によって無理だから、治療対象・・。通常、タクシーかシニアカーなどの使用になるところだが、なんとか亀と競争。老人はシンドイね。
嵐の前の静けさか、シーンとしている。(23:41)
05/28 孫が来た
珍しく孫が来た。初孫の男の子だが、もう30を超えたかな。ご機嫌伺いだそうで、久しぶりの顔を見ながらやはり孫は若いな、と当たり前の感慨ひとしお。鉢植えの棕櫚竹(しゅうろちく)、10日ほど前に植え替えて裏庭に置いたまま。青々と葉が伸びて見栄え良しで玄関へ置きたいのだが、爺には重くて動かせない。お願いするとひょいと持ち上げて、家の中を通り抜け玄関へトンと置いて、「いいね」と。俺も若いときは「こうだった」と老化現象に悩む日頃を忘れた。孫に助けられるのは格別にうれしいものだ。(18:34)
05/27 愛想(あいそ)
日本人から急速に失われているもの、たくさんありますがまず愛想ですね。愛想って何?、というほどです。今や昭和世代の女性たちの一部に残るのみ。愛想どころかマナーや礼儀(エチケット)も消えかかっています。愛想は人と人、社会をつなぐ日本独特の慣習でした。外国人が日本人をほめ日本を羨ましがるところです。
先日もバスの回数券を買いに行った時のことです。昼過ぎなのに生憎田舎の切符売り場は大盛況。中年女性が窓口で係員に切符を求めているようで、その次に中年女性、爺の前に中年男性一人の4人で長蛇の列です。女性二人は連れかと思いきや別々でした。複雑な切符なのか先頭がなかなか終わらず、二人目も加わって話し込んでいます。係員は狭い窓口の中で忙しそうにしています。15分ほどすると前の男性はイライラ。でも文句は言えずじっと我慢の様子、爺も同じ。やっと先頭が終わり二人目、これはすぐに切符が出てさっと終わり、そして女性二人は後ろで待っていた男性二人をジロリと一瞥をくれると無言で別々の方向へ去っていきました。長い間待たせたのだから一言あってしかるべきです。少なくとも軽く会釈ぐらいは当然、それが愛想です。老若男女を問わず人を思いやる優しさ、いつまでも残したいものです。(10:48)
05/26 ベゴニア
ほしい週刊誌があったのでスーパーへ。80歳過ぎころから休み休み歩く間欠性跛行(はこう)で、歩行が多少不自由でも、思う所へ行けるだけありがたいことです。スーパー内に花屋さんが併設されていて、欲しかったベゴニアの苗が売っていました。今年はどこの量販店でもベゴニアの苗を見ることがなく、植えるのは無理と思っていたので、飛びついて買いました。好きな赤色は売れ残りで2株200円。奇跡のようで笑っちゃいます。
ベゴニアは真紅の花も、大きな緑色の葉も好きです。以前は毎年育てていましたが、3年前に体調不良で買い損ねてから、毎年残念な思いでした。思いがけず買えて幸運。明日から雨のようですが、プランターへ植え替えます。根が付いたら写真で紹介しますね。(22:15)
05/24 あじさいの花
今日は寒くて窓閉めて長袖を着ました。気温は24℃もあって、暑かった昨日と同じなのに、なぜ?。変調な天候が続くと体調もヘンになりそう。
アジサイが植わっていたのは川べりの土手で、勾配30度くらいの軽い坂になっています。坂に少し下りた所がベストポジション。それが何でもない土手ですが立てません。ふらついて川に落ちそうになり、しゃがんで四つん這い。少なくとも80歳以前なら問題なく立てた勾配です。傾いたままでも立てたものです。それが頭がフワーッとして、立つ感覚もおぼつきません。やはり平衡感覚が異常のようです。
老化以外に特にふらつく異常はなく、いよいよ老化が進んできたようです。足の裏もなんかヘンな感覚で、目の見え方も落ち着かないようです。慌てて土手を這い上がりました。上がりざまに撮ったのが下の写真です。(20:06)
日当たりのいいところでは咲きだしました。淡い色合いもいいですね。(15:24)
05/22 体調悪し
気温は夏日と言われる25℃以上あるんですが寒いですね。関東は20℃ほどだとか。30℃越えの真夏日が続いた後だけに長袖を着ています。人の感覚なんて温度計に比べたらいい加減なものです。月初めは同じ気温でも半袖でしたから。これだけ変動する気温に対して、体はほぼ36℃の体温を維持しているんですから大したものです。
でもそれが変調をきたします。昨日は体温を下げるため血管が拡張(太く)して血液の放熱を良くします。今日は血液の持っている熱を失うまいとして血管を縮小(細く)します。するとそれに応じて血液の流れる量や勢いが変わります。昨日はどんどん血液が流れて高い位置にある脳には届きにくくなります。足の方に溜まって足首がパンパン。今日は全身に血液が届き難くて脳に十分行きません。気温に変動があると温冷とも脳に十分血液が行き渡りません。すると少量で働きの悪い爺の脳が余計不調になり、終日頭はボヤッ、不機嫌でイライラ。これの解消法はまず運動とか。でも運動が苦手な爺。(22:53)
05/21 されど杖
最近町中を歩いていて気がついたのだが、杖を突いているときと杖を持たないときでは周りにいる人たちの反応がまるで違う。杖を持たず歩行状態が危っなかしいと、みんな関心を持って見てくれる。必要があれば助けるぞ、のように。福祉関係者の車が後を付けてくれたこともある(こちらも気張って歩いて頭を下げた)。ところが杖を突いていると多少ひょろついていても、特に関心を示さず行き過ぎてしまう。足の悪い人なんだと納得できるからだろうか。
だから人混みや交通量の多い所では、意識的に杖を持って出かけるようにしている。すると周りの人がぶつからないよう気を付けてくれる。もちろんこちらも道の端に寄るなど気を使っている。最近高齢者時代を反映してか杖を持つ人が多い。自分も坐骨神経痛の痛みの激しかった時だけ杖を持とうと思っていたが、どうも手放せない。父は健康に留意して杖を使うことなく95歳で亡くなったから、ガンバレよ、と笑っているかも。(14:19)
05/20 珍客がいた
庭に生き物がいないと嘆いていたら珍客ツチガエルがいた。写真を撮る気も失せる見た目だが、素早く石の下に隠れる。以前よく見た緑色の小さなアマガエル、しばらく見ないがどうしたものか。カラスにやられた蜂もいつの間にかまた来ている。生き物で賑やかになればいい。(16:30)
老化度を調べるチェックシートの第1項目は「バスや電車で一人で外出していますか」です。今日はバスで所要のため駅まで行ってきました。乗り降りのとき杖持って「よっコラショ」と時間がかかりますが、なんとか公共交通機関を使えます。そして他のお客さんに多少迷惑をかける存在になりました。(20:27)
05/19 草取り鍬
二日間真夏日が続き、25℃を切る今朝は平年並みながら寒く感じる。こんなときは寒暖差アレルギーで鼻水が止まらない。鼻の粘膜を吸い込む冷気(?)が刺激するらしい。目に涙や痒みがこない事が花粉症との違いらしい。しばらく辛抱すると治まるのだが今朝はしつこい。こんな時は改源を服用、これで治まる。
気持ちが落ち着くと、庭のもっこく(木斛)の新緑の鮮やかさが目に飛び込む。父親から譲り受けた棕櫚竹3鉢の植え替えは済んで、この葉の緑も鮮やか。庭の木々にも一番いい季節だ。横に並んでいる蘭の鉢の植え替えがまだ残っている。植え替え時期に無頓着に、昼過ぎからやりますか。先日草取り鍬(くわ)を新調。母が使っていた世代物がとうとう柄が腐って抜けてしまった。尖がっていたはずの鍬の刃先が丸くなっている。我が家系の生活文化財として物置に保存しておこうと思う。(11:03)
05/18 冬の終わり
昨日は当地も今季初の真夏日(津気象台31℃)、今日も同じくらい暑い。全国200地点で真夏日だったそうで、今夏も猛暑が予想される。ところが我が家ではなぜか、例年ならGWで片づけるコタツ・ストーブがまだ出たまま。超高齢になって体調が変化したのか、GWに暖房を使う日も。でもさすが真夏日になると目にするのも暑苦しい、ってんでやっと物置に仕舞いました。部屋がすっきり、広くなった。(11:09)
体を動かしたら体調が良くなって、昼過ぎから3台の扇風機を出した。ついでに押し入れの大掃除も。今日一日ですっかり冬夏の模様替えが済んだ。(17:57)
05/17 この植物はプリペット
AIで検索「この植物はプリペット(別名:コミノネズミモチ、セイヨウイボタ)です。」だそう。「非常に成長が早いため、美しい形を保つには年2〜3回の剪定が必要になる場合があります」とは親切な。(11:28)
05/16 買い物カート
買い物カートのような手押し車を買いました。これが注文してから品物が届くまで実に1か月。なぜ時間がかかるのか店側の説明はなしでイライラ。米イラク戦争で世界の流通が乱れており、そのためかと勘繰ってみたものの、今にしてみれば単なる受注生産だったのかも。掃除機を買った時も「一月後に新製品が出るので・・」と言われて待ったことがある。客の注文より工場の生産の都合を優先するのは、果たしてどうか。店を構えたサービス業でも予約制が一般化していて、これも客を効率よく回せて店側の都合の方が大きい。客は待てない。何もかも便利になっている時代に逆行している。
そんな経緯もあってこのカート、全体的に小ぶりで使い憎い思いがする。その代わり車いすよりはるかに軽い。輪は2軸で、前輪片側ダブルで2つ、後輪1輪で2つ、車体は安定している。足の不自由な者にとっては「キャスター付き歩行器」。重心が前に移動するので足の負担が減り、歩きやすい。それでも間欠性跛行は少しも治らず、カート付属の椅子で休憩。凄く肩が凝る。杖より多少歩く負担は軽くなるが、「これはいい」というほどでもない。(23:14)
05/12 ハルジオン
ハルジオンという初夏の雑草の花です。空き地や道端に咲く花です。普通ならいっぱい咲くのですが今年は少ないような気がします。どうでしょう。(20:36)
05/11 フレイル
同じことを説明しても理解できる場合と分からないときがある。例えば「老化とは」を説明するネット記事はたくさんあるが、読み手の状況によってピンとこない場合もある。最近膝を打ったのが、フレイル(虚弱)を説明した語句だが「加齢に伴う予備能力の低下のため、様々なストレスに対する抵抗力・回復力が低下した状態」とある。これこそが老化の意味にピッタリではないか。
気温など外的環境のストレスも含め、これに負けないなら健康体だし、負けたら病気だが、病気から回復できず「機能障害」になれば介護を要することになる。機能障害から回復できなければそのまま老化の段階である。老化とはストレスに対する対応力なのだ。腑に落ちる解りやすい説明なので書き留めておきますね。(15:48)
05/10 寒暖差アレルギー
夜中に三度も起きたのが悪かったのか目覚めが悪い。ふらつきが強く目がボケる、やる気まるでなし。天気は快晴、気温は20℃で絶好調なのだが。仕方なく昼過ぎ2時からふて腐れて30分ほど寝た。するとほぼいつもの調子に治った。
昨日は26℃の今夏(?)初めての夏日。体感も暑く、買物で汗をかき、スーパーのベンチで下着の長袖一枚を脱いだ(高齢になると公衆の面前をかまっていられない)。家へ帰ってアイスを食べて冷たいカルピスを飲んで、やれやれ。寝る前にぬるめの風呂に入って寝た。布団がちょっと暑かったかな。
そして朝方、寒い。18.2℃しかない。北の高気圧に押されて寒い。これで一気に寒暖差アレルギー勃発、絶不調に陥ったのだ。寒暖差アレルギーはアレルギーだから鼻水が出る。さらっとした水のような鼻水。即時の現象だから分かりやすい。この即決性に気づいたのは最近だが、子供のときから鼻水垂らしていたから本物だ。だが昼寝で即治ったように、治るとアレルギー現象も即止まる。季節の変わり目はこの現象の繰り返し。ま、これで死ぬことないからいいか。(21:00/22:22)
05/09 背が縮んだ
今朝妙なことに気がついた。食パンをトーストしていて、焼け具合を見るべくトースターの小窓をのぞいた。ヒーターは上下二本あって、上は屈(かが)んでのぞかないと見えない。下は小窓下辺ギリギリに辛うじて見えた・・はずが見えない。
踵(きびす)を立てて背伸びをすれば、真っ赤なヒーターが見えた。つまり以前より目の位置が下がっているのだ。と言うことは背が低くなっていることを意味する。念のため踵の高さを測ってみた。大まかに8センチほど。85歳の今身長157センチ、60歳ころは165センチ(記憶)はあったはず。ちょうど8センチの差で、当たり前のことながら奇妙なほど一致する。若いころに比べて8センチ背が低くなっているのだ。この差は医療記事によると骨(背骨)が縮んでいるのだとか。ひょんなことから紛れもない老化の現実を突きつけられた。トホホ (19:19)
05/08 花
05/07 絶滅あるのみ
ベランダの軒先に手のひらより少し小さい位のハチの巣があった。それが今朝ベランダでカタカタ音がする。なんとカラスがプラスチックの波板の上を歩いている。するとハチの巣が無くなっているのに気がついた。波板の上と下だがカラスが落として取ったとしか思えない。カラスは貪欲でなんでも食べる。蛙や蛇、フナ・泥鰌・ザリガニが目の前で絶滅したのもカラスでほぼ間違いない。蜜を餌にして生き延びていた蜂も、蜂の子を狙って摂られたに違いない。去年まで爺が竹竿で落としていたのだから。最後の強者カラスが食べ尽くしたら生物絶滅。庭にいた生き物がいなくなったメカニズムは、カラスが頂点に立つ生態系の崩壊とみて間違いない。
人間は食べ物を動植物とも生産できるからカラスとは違う。でも結局は生き延びることはできないのでは。地球上の生態系とは、目に見える人間の餌だけではなく、無限のつながりで維持されているのだから。瞬く間に庭の生き物が次々といなくなった現象から、そう考えざるを得ない。とうとう蜂まで・・(17:05)
05/06 青もみじ
昨日晴れの合間に近在の公園で撮ったものです。狭い我が家の庭の木々もよく茂りました。緑色に見惚れます。GWが終わると例年ではコタツを仕舞うのですが、肌寒くて出したままです。この調子で今年の夏は暑くならねばいいですが。毎年暑さに負ける爺の必死の祈りです。経口補水液とやらのOS-1を買って備えています。(19:55)
05/05 体重、戻る
2月の坐骨神経痛発病以来体重が減少して、一カ月後平常値55kgに対し53.5kgになっていた。手首が細くなったのも苦になる。体重を戻すべくおやつに黄な粉餅を食べるなど努力したがダメだった。でももうすぐ三か月経過といういま、55kgに戻った。余病を併発していない、が分かってうれしい。今日も散歩はスーパーへ買い物で五千歩。ま、順調ですね。(22:30)
05/04 モクモク動け、か
2030年代の中ごろ日本の高齢化はピークを迎え、85歳超の人口が1千万人を超えるとか。85歳は人間の人生でも一つのピークで、ここまで元気できた人も何らかの病気を抱えたり介護になったりすることが多くなります。他人の世話にならないまでも、それまでのような活動はできなくなってきます。健康や生活上の問題は本人の努力だけでなく、周りの人や環境の変化によって影響を受けますから。
爺も坐骨神経痛になって体力がガラッと落ちました。動く意欲も無くなってきました。覇気、声、表情などを元へ戻そうと頑張りますがなかなか思うようにいきません。こうなってみて思い当たるのは、変化は急に訪れるのではなく、それ以前から兆候はあったことに思い当たります。例えば歩行能力でも年々下がり、間欠性跛行になり休憩時間も長くなり、歩く意欲も失いかけていました。かなりピンチだったのです。そこへ椎間板ヘルニアの痛みで動くことができなくなりました。こうなる前に対策を取るべきでしたが、避けられない歳のせいとばかり考えていました。
このままだと寝たきりに一直線・・と気づき、周りの人の助言・励ましを受けて、頑張ろうと思い始めています。せめて発病時点まで戻らないものか、です。それなりに元気はあったのですから。その元気をなぜ失ったのか、です。椎間板ヘルニアは坐骨神経を圧迫しているのみ、しかも自然治癒力でかなり回復しています。とすれば痛い痛いに負けて動かなかったことが体力を失う原因でしょう。人間の体は動くことを前提にしているとは先人の教え。坐骨神経痛の特効薬もモクモク動く事、と言っています。(22:32・修正)
05/03 電源リセット
今日は憲法記念日。戦争放棄の9条のおかげでイラクに対するアメリカの戦争に巻き込まれずに済んだ。憲法を変える必要など全くない。
電気掃除機のごみ袋がいっぱいになり、交換してもごみ満タンのランプが点いたまま吸い込まなくなった。ネットで調べたらホースの途中にあるごみを検知するセンサーの誤作動とある。指示通り布でセンサーの辺りを拭いてみたら、黒い汚れが取れた。だが直らない。うーんと思案。こんな時は電源リセットに限る。最近の電化製品は電子機器、つまりコンデンサーを多用している。これが古くなると帯電して、機器の電源を切っても電気が残り悪さをする。そのためコンセントを抜いて、機器本体のスイッチを切り入りして、残っている電気を逃がす。そして改めてコンセントに差し込みスイッチオン。
以後正常に機嫌よく働いてくれています。これを電源リセットといい、調子の悪い電気器具を正常に戻せることが多いです。ゴミセンサーもきれいになって正確に反応するようになっています。電気屋を呼んだり買い替える前に、一度試してみてください。うまくいけばラッキー。我が家では電子レンジも洗濯機もこうして持たしています。「えっ、お宅も」(19:54)()
05/02 足の裏
坐骨神経痛発病(2/15)以来歩行困難が続いています。今日は少なくて1,692歩で800m。休憩一回、3.5km/h。できるだけ動こうと近所を散歩。どの高齢者健康サイトを見ても「歩け歩け」とあるからです。歩けなくなると二本足の人間が立ち歩くメカニズムに興味が湧いてきます。ロボットがハーフマラソンを競う時代です。まず自分の姿勢を客観的に知る必要があり、それに基づいて補正しているとしか考えられません。その感知機能は脳・耳・眼にあると想像できるものの体勢自体をどう検知しているのか謎。ところが今日散歩中にハタと思い当たり、「センサーは足の裏だ」です。
片足立ちの運動は足裏と脳を直結して、その機能を浮き上がらせます。考えていても分からず、片足立ちを実際にやってみると理解できます。着いている方の足裏がグラグラときて、浮かしている方の足が地に着いてしまいます。足の裏を広げるように、地を掴むように立つと、よく持ちます。人間に限らず四本足の動物も同じように足裏(肉球)から情報を得ているのでしょうか。これで歩行を可能にするひとつの機能が分かりました。
足の裏のセンサーが加齢とは言え今更問題になるのはなぜか、です。椎間板ヘルニアが右足の親指の神経を圧迫していてしびれ(麻痺)があり、このため右足と脳の連携がうまくいかないのでは。右足が地を踏んでいても伝わらず、空に浮いて位置不明になっているのかも。親指以外の指がカバーしても親指の代わりはならず、こう考えれば納得がいきます。麻痺した神経はいかにすれば?、です。(20:09)(05/05 03:36)
05/01 コーヒー通
何もかも値上がりです。コーヒー好きとしては豆が上がるのが痛いですね。坐骨神経痛の痛みでコーヒーを飲む気持ちの余裕もなく、値上がりもあってしばらく止めていたんですが、痛みが治まりかけるとまたぞろ淹(い)れています。やはり自分で淹れたコーヒーは格別ですからね。豆は外へ出たときはいろんな店で買いますが、普段はいつものスーパーです。煎り豆(ロースト)の200gの袋入りです。小遣いに響かない普通の物です。これでも家内は美味しいと喜んでくれます。時々嫁が上等をプレゼントしてくれます。で、充実のコーヒーライフです。(17:14)
宮津徳也 https://www.mctv.ne.jp/~kawai/