荘内藩ハママシケ陣屋跡

石狩市浜益の集落の外れ、国道231号線と国道451号線の交差点の1kmほど北北東の丘の上に陣屋跡がある。これが荘内藩ハママシケ陣屋跡だ。1859年に荘内藩は秋田藩領の増毛を除く浜益から天塩までを幕府から領地として与えられ、蝦夷地の開墾守衛を行なうためこのハママシケに本陣屋を置き、他にも留萌、苫前、天塩に脇陣屋を置いた。ハママシケ陣屋は浜益川を天然の堀とし、丘の上に5ヘクタールほどの土地を開梱して本陣とした。荘内藩からは兵士や職人、従者約300人の他、農民1300人ほども移住し開墾にあたった。しかし明治維新で庄内藩を始めとする旧幕府軍は敗北し領地は没収され開拓使直轄領となったため移住者は1868年に全員庄内藩に帰国し、陣屋や開墾した田畑は荒れ果て元の原野に戻ってしまった。当時の陣屋跡が残っているのは土塁や郭の一部があるくらいでほとんど残っておらず、現地には1971年に復元された大手門と長屋跡や井戸跡の標柱があるだけだ。現地への標識もないことから場所を知っていない限りたどり着くのは極めて困難である。八幡神社の右側に続く細い道を登ったところに大手門が見える。1988年には国指定の史跡に選定されている。

荘内藩ハママシケ陣屋跡データ
展望 :★★☆☆☆
資料性:★☆☆☆☆
観光客:★☆☆☆☆
お勧め:★☆☆☆☆
期間:通年
お勧め:昼間
費用:無料
施設:大手門あり
電話:-
郵便:061-3106
住所:石狩市浜益区川下
北緯:43.5467
____:43°35'18"90
東経:141.3713
____:141°23'30"70
マップコード:794602314*87
MGコード:-
マップル地図:38G-6
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