5月1日(土曜)

      基隆港

 朝起きたら10時だった。昨日酒をそれほど飲んだつもりではないのだが、船の上では
酔いがまわるのが早いのだろうか、すこぶる良く眠れた。お昼前に石垣島に着く。この島
は、沖縄県で二番目に大きな島だ。たくさんの人が降りて行く。1時間程停泊するとの事
だったので、下船して昼食をとっても良いのかと尋ねると、もう出国審査が済んでいるの
でだめだといわれた。船内の食堂は大変値段が高くあじもいまいちだったので、とても残
念だった。カツ丼を食う。
 午後はデッキでのんびり本を読んだ。沖縄で買った2冊の本は有り余る時間の中たちま
ち読み終わってしまった。手すりにもたれ、海を眺めていると同じ船室の游さんという台
湾人の青年が日本語で話し掛けてきた。彼は27歳で、今現在京都大学の大学院で農業経
済学を学んでいるそうだ。かの、李登輝首相と同じ大学で同じ学部ではないか。そのこと
を、彼に言ったら笑っていた。そして、台湾について色々と教えてもらった。台湾でもか
なり前から「東京ラブストーリー」をはじめとする日本のドラマが流行っていると言う事。
ドラマだけでなくプロレスや新喜劇なども人気があると言う事。一番人気のあるコメディ
アンは志村ケンだと言う事。夜市の屋台料理はたいへんおいしということ。観光をするな
ら日月潭と冷泉がお勧めだと言う事。石原慎太郎が、東京都知事になって台湾の人々はそ
の政策に期待をしているらしいと言う事。そして、台湾のお金に印刷されている蒋介石の
肖像画を眺めながら台湾人は彼のことを嫌っていると言う話になった時、急に游さんはち
ょっと笑いながら、「政治の話はやめましょう....」と言った。そうか...。これ以上話が
進むとどうしても日本との戦争時代の話になってしまうから...かな..?考え過ぎか。旅
先でさける話題に政治と宗教の話があげられているしね。僕はなんとなく気がつかないふ
りをしていた。それでも、僕らは話を続けた。台湾の新聞を見せてくれたが、游さん、そ
んなもの読めないよ。
 なんだかんだで、夜の8時くらいに台湾についた。台湾のすぐそばまで日本の島があっ
た事はちょっとした驚きだった。そこは海の上ではあったが、僕はこの旅初めて国境を越
えた。夜の海だった。それだけに旅情が湧いた。ぞくぞくと、出入り口に人が集まってき
た。ほとんどの人が台湾人の観光客か行商の人ばかりだった。すべての人が山のような荷
物を持ち船の着岸作業を待っている。その中の一人のおばさんが僕の鞄を指差しながら何
やら話し掛けてきた。台湾語だったので游さんに通訳を頼む。僕の鞄についている、キー
ホルダーはどこで買ったのだ。と、いっているらしい。そのころ、僕の鞄には京都の百
万遍にあるゲームセンターの景品のルパンキーホルダーがぶら下がっていた。正直にゲー
ムセンターでとったんだと言ったらおばちゃんはなぜかイヤーな顔をしてぷいとむこうを
むいてしまった。はてな?游さんは一人クスクス笑っていたのだが。台湾には標準語の北
京語と元からある台湾語の二つの言葉があるようだ。僕の目の前で大声でしゃべくりまわ
っているおばちゃんやおじちゃん達は台湾語で話しているらしい。いくつの言葉がその場
で話されてたのだろ?聞き慣れぬ言葉の渦の中、ほの暗く光っている基隆港の町の明かり
を見つめながら旅の期待と不安が僕の心に広がった。
 ようやく船とターミナルが橋によって結ばれ夜の基隆に上陸する事ができた。人の波に
流されるようにイミグレに向かう。悪い事など何もしていないのになぜかドキドキする。
游さんがイミグレの外で待っいてと言って別の列にならびにいった。僕の番が来てカウン
ターの前でおずおずとパスポートと出国用のチケットを差し出す。チェックする職員はと
ても若く僕よりも年下に見えた。彼は、ちらりとチケットを見た後、パスポートに手際よ
くスタンプを押してくれた。何の質問もなかった。頭の中で考えていたいくつもの英文は
全く必要なく驚く程呆気無くそこを通過する事ができた。日本の旅行社ではこっちが理解
出来ない程ごちゃごちゃと様々な事を言われたというのにものの3分で入国OKになると
は....税関のチェックも驚く程早かった。どうも国境をこえると言う事に対して僕は物々
しいイメージを持ち過ぎていたのかも知れない。心配していた両替所もきちんと港のター
ミナルの中にあった。台湾で使う予定の5万円を13000NTDに両替えする。が、後か
ら来た日本人の観光客は8千円くらいを両替えしただけだった。えっそんなもんで良い
の?と思ったがもう両替えを済ませた後だからどうしようもない。
 出口のところで游さんが僕を待っていてくれた。小雨のぱらつく港町を二人肩を並べ歩
き出す。「どんな宿が良い?」游さんに聞かれる。「うーん、安ければ安い程良い。」「じゃ
あ...」と言う事で連れていってもらった宿はハッキリ言っていかにも安そうなぼろぼろの
宿だった。宿のおばちゃんは英語が話せなかったので游さんに全て任せた。1泊550
NTD(2115円)ということだった。エアコン・テレビ・バスタブ付きだったし、もう時
間も9時を過ぎていたので「ここにきめます」と、游さんに言った。「ほんとにここで良い
の」と聞かれたけれど、なんでそんな事聞くんだよ、游さん!不安になるじゃねーか。宿
に二人の荷物を置き夜市に夕食をとりに行く。100mくらいの道路に様々な屋台が軒を
列ねていた。牡蠣のお好み焼きと角煮をのせた御飯、シュウマイ等を二人で食べる。もし
一人でこの街に着いていたらたぶんこれほど素敵な夕食にはありつけなかったろう。「游
さん、ありがとね。ここは、僕がお金払うよ。」と言ってお金を払おうとする僕に、「台湾
人を誤解してほしくない。これが僕達の親切だと思ってほしい」と、游さんは申し出を断
った。なんだか、嬉しいような彼を侮辱してしまったような変な気持ちになった。宿に戻
った時は10時半くらいだったろうか。游さんはこれから、台北に向かうという。「何か困
った事があったらここに電話して下さい。僕の友達が住んでいます。」と言って名刺を僕に
くれた。握手でさよならをし、一人部屋に取り残される。僕は、本当についていた。台湾
1日目からあんな親切な人と出会えたのだから。明日からだってもっと素敵な事が僕を待
っている気がする。そんな事をビールを飲みながら考えていた。なんにしろ、出だしは好
調であった。