略歴

1978年6月12日、燃料店(ガス、灯油など)を営む家に、長男として生まれる。
3歳の時、病院で『筋ジストロフィー症候群』と診断される。
その後、地元の小学校に入学。そして、2年生の時から車椅子生活になる。
地元の小学校には5年生まで通い、6年生の時に入院。7年間の入院生活を送る。
入院中は、病院に隣接する養護学校に通う。
その後、徐々に自力で車椅子を動かすことが難しくなり、中学部2年の時から、電動車椅子に乗り始める。
そして、高等部1年の時から『電動車椅子サッカー』をするようになる。
高等部3年(18歳)の時から、人工呼吸器を使い始める。
養護学校高等部卒業後は退院することを決意し、1997年5月に退院。自宅で生活をする。
同6月、『希望の園』のメンバーになる。
1998年(20歳)、体力の限界により、電動車椅子サッカーを引退する。
希望の園で、1999年5月にカナダ、2002年11月にオーストラリアに行く。
22歳の時に電動車椅子の操作ができなくなる。
24歳の時に人工呼吸器も乗せられるリクライニング式の手動の車椅子に乗り換える。
2002年4月からは、『放送大学』の学生になる(2008年に中退)。
2003年(25歳)から、ヘルパーを利用しての自宅の離れでの生活を始める。
その後、パソコンの操作を全て自分で出来るようになる。これにより自分の世界が広がった。
そして、ヘルパーを利用するようになり、行動範囲も広がった。
2004年5月、ビックリマンが再燃する。
2004年10月、ホームページを開設。
希望の園では、2003年2月にロックバンド『ハッシャ・ダイ』を結成し、2008年まで活動した。
2006年1月からは、市民活動団体『Flower*』のメンバーになる。
2010年3月6日から、『DAISUKE MASK』として音楽活動をスタートさせる。
そして、現在にいたる。

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ハッシャ・ダイ
DAISUKE MASK

以前には、『ハッシャ・ダイ』というロックバンドをやっていました。
自分はヴォーカルでした。

管理人だいすけは、『DAISUKE MASK』という名で音楽活動をしています。
ポエトリー・リーディング、スポークンワーズといった形式を用いています。
ポエトリー・リーディングとは詩の朗読のこと。
スポークンワーズとは歌詞、詩、物語などを「歌う」というよりも「話す」パフォーマンスのことです。
詩は自分で作っています。
音楽活動については、下のページをご覧ください。